8.視点A

 ***


「やっぱ最初はギスギスしたんですか?」


 キティアは興味津々にミオに尋ねる。ジルーナとの大喧嘩について。


「ううん、むしろ自分たちでもびっくりするくらいすんなり仲良くなったわぁ。ほら、例の誘拐事件のおかげで♡」

「あー……あの超羨ましいやつだ……」


 二人揃って誘拐の被害者となった。しかしむしろこちらが誘拐犯を脅すような形で、高級ホテルで豪遊させてもらった。ミオはあの日付けた日記を今もたまに読み返してはニヤニヤしているし、後輩たちには何度も自慢している。


 あの件をきっかけに二人は急接近。思えばあれから毎日ジルーナに抱きついていた気がする。途中からなぜか嫌がり始めたが無視して続けていた。


 彼女とは親密だったのだ。かけがえのない仲間だと思っていた。それなのに傷つけあってしまうことがある。


「喧嘩したのはあれから何ヶ月か後だったかしらぁ。お料理のことでちょっとねぇ」

「料理……ですか? 最初の頃って今みたいに当番制じゃなくて別々に作ってたって聞いてますけど」


 朝食・夕食を交代で作るようにはもう少し妻が増えてからだ。あの頃はお互いが何を作っていたのかも知らなかった。


「お姉さんねぇ、家事は全部ジルに習ってたの。でも料理だけは自分で頑張りたかったのよぉ。私なりに美味しいもの作ってあげたかったかしぃ……ジルと同じもの作って比べられたら怖いじゃない?」

「み、身の毛がよだちますね」


 子どもの頃からヴァンの食生活を支えていた彼女には到底敵うはずもない。そう思って自力で勉強し、拙いながらも頑張っていた。優しい夫は何でも美味しそうにたくさん食べてくれたし、その姿を見ると成長を実感できて嬉しかった。


「やる気だけはあったんだけどぉ、……肝心なところを見逃してたの。私ね、ヴァンさんに食べられないものがないか聞くの忘れてたのよ」


 その言葉を聞いて、フラムがギョッとしていた。夫には決して食べさせてはいけないものがある。


「え……? み、ミーちゃん、まさか……」

「そうなの。遠慮なくきのこを使っちゃっててねぇ……」


 夫は重度のきのこアレルギーである。彼の唯一の弱点であり、国家機密だ。普段スナキア家の食卓にきのこは一切使用されていない。


「ジルは察しの良い子だからぁ、私が料理だけは習いに来ないことも、その理由も、きっと気づいてたと思う。……でもちゃんと作れてるか心配してくれたのね。ある日『どんなの作ってるの?』って聞いてきてぇ、私誇らしげに『きのこたっぷりパスタ』って答えたわぁ」

「それで怒られて喧嘩になったんですか?」


 キティアの問いに、ミオは首を横に振った」


「ジルはねぇ、一言、『美味しそうだね』って言っただけ」


 フラムとキティアが目を合わせ、続いてせーのでミオに視線を向けた。


「教えてくれなかったんですか⁉︎」

「じ、ジルちゃんどうして……?」


 夫にとってはミサイルの雨が降るよりも危険な状況だっただろう。一応、食べてしまったとしても健康な分身と合流すればある程度回復するため命に関わるようなことではない。だが、ジルーナなら少しでもヴァンの身が危うくなるような選択はしない。────余程の事情がない限り。


「……でね、その後も私はヴァンさんにきのこを振る舞っちゃうわけ。ヴァンさんは平気なフリして食べてくれてたんだけどぉ、……いよいよ限界が来てぶっ倒れちゃったのよぉ」

「「……!」」


 後から聞いた話では、きのこを食べる直前に魔力の大半を使った分身を作って避難させ、残った絞りカスのようなヴァンが代表して食べていたそうだ。そしてミオの目を盗んで合体、ほぼ全回復というシステムだったらしい。だがあの日はミオに隙がなく、合流のチャンスがないままアレルギーの症状が出てしまったのだ。


「結局無事で済んだから良かったわぁ。あのね、この件はそもそも食べられないものがないか聞きもしなかった私がまず悪いの。それは大前提でぇ、……それでもジルはどうして教えてくれなかったのって思うじゃない?」

「ほ、本当にそれです。ちゃんとミオさんを注意しておけば避けられたじゃないですか……」


 家事を習っている時はミオが何か間違えたら彼女は遠慮なく指摘してくれていた。だからきのこの件については、彼女は明白に、意図的に隠したのだと分かった。だが、その理由が分からない。想像することしかできず、


「……私が冷静じゃなかったってこともあるんだけどぉ、考えても考えても、ジルに悪意があったとしか思えなくてねぇ」

「そのシチュエーションならあたしもそう思うかもしれないです。いじわるで隠されたって……」

「うん。……本当は私のことが邪魔で、ヴァンさんに嫌われて追い出されればいいと思ってたんじゃないかって、想像しちゃったのよぉ」


 所詮自分は邪魔者だったのかと、仲良く過ごしてきたあの日々は全て嘘だったのかと、地面が崩れたかのような衝撃を受けた。


 冷静に考えればそれならもっと早い段階で自分とヴァンの結婚を阻止できたはずだと思い直すことができた。だが、「自分は後から入ってきた人間」という意識が強かった当時のミオは、その手の疑いが頭を過ぎりやすい状態だったのだと思う。


「でもねぇ、最悪私のことが嫌いなのは『仕方ない』と思って堪えられたと思うんだけどぉ、それなら面と向かって言えばいいじゃない? ヴァンさんを巻き込むようなやり方を選んだことがどうしても許せなくてぇ……」


 自分のことは構わない。っていうかそもそもきのこを使った自分が悪い。その上でミオは自分のためではなく、ヴァンのために怒っていた。


「それで、ジルのところにピーピー泣きながら怒鳴り込んだってわけ♡」


 あの時の彼女の表情は今でも覚えている。いつかこの日が来ると覚悟していたように落ち着いていて、そしてとても悲しそうな目をしていた。

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