6.ママの相談事
***
ジルーナがイリスの腕に絡みつきながら声を弾ませる。
「ママ、私オムライスが食べたい!」
「あら、そうなの。じゃああっちに良い店があるわ。ついてきて」
そう告げてジルーナを引っ張っていくイリスの背後で、ヒューネットは唖然としていた。隣を歩くシュリルワに囁く。
「ジルがすっごく可愛いよっ……!」
頼れるキャプテン・ジルーナがイリスの前ではすっかり甘えん坊だった。全員の食べたいものも聞かずに自分の意見を通したあたりも衝撃である。ヒューネットとしてもオムライスには興味津々だったので文句はないが、自由に振舞ってもいいと安心し切っているジルーナの様子が新鮮であった。
「イリスは超カッコよくて超頼りになるです。ジルはメロメロです」
「はえ〜……っ」
ジルーナはデレモードの時の飼い猫のようにイリスにべったりとくっつきながら、久しぶりにイリスに会えたのがどれだけ嬉しいかを熱弁していた。感情が高まりすぎて話がまとまっていないのに、イリスは適度に相槌を打ちながら真剣に聞いてあげていた。
「ミオのボスだったんだよねっ?」
「そうです。イリス見てると面白いですよ。ミオって本当はこういうお姉さんになりたかったんだろうなって思うです」
背後で小声で話していた二人に、突如イリスが前を向いたまま割って入る。
「さっきから私のこと褒めてるでしょ? ありがとね」
それだけ言い切って再びジルーナとの会話に戻っていく。こっちの話まで把握していたことに驚いて、ヒューネットは思わず漏らす。
「ミ、ミオみたい……っ!」
これは正真正銘、ミオの師匠だ。
「あ、ミオは元気?」
イリスがジルーナに尋ねる。ミオの話題になれば後列の二人も自然に会話に混ざれそうだ。イリスは多分それを狙っていたのだと、ちょっと抜けているヒューネットでも気づけた。
「元気だよ。でも今日は拗ねちゃったみたい」
ジルーナが報告すると、イリスはニヤリと笑った。
「私がミオじゃなくてジルちゃんに連絡したからよね? 狙い通りだわ」
「わざとやったです? アイツ拗ねると面倒くさいから勘弁してです」
「フフ、いつもごめんねシュリちゃん。後でフォローしとくから安心して。今日はちょっと……ミオに聞かれると恥ずかしい話があるのよ」
その謎めいた言葉にスナキア家奥様方三名は頭上に疑問符を浮かべる。しかしそこでちょうどお店に着いたため、詳しくは中でゆっくり聞くこととなった。席に着き、それぞれ手早く注文を決める。ジルーナが「ママと同じのがいい」と言い張ったのでヒューネットはまた面食らった。
「それで、どうしたのママ?」
ジルーナが少し心配そうに問うと、イリスは言いづらそうに口をもごもごさせていた。
「あ、あのね。相談なんだけど……。みんなは旦那と喧嘩した時どうしてる? 昨日結構派手に揉めちゃってね」
────夫婦喧嘩。ちょうど今朝聞き覚えのあるワードだった。しばらくの静寂。どうしたもんかと困惑気味の表情を浮かべる三名。
誰も食いついてこないのを不思議に思ったのか、
「ど、どうしたの?」
イリスは探るように問いかけた。ジルーナが代表して答える。
「わ、私たちその手の相談事聞くの上手じゃないかも。ウチでは誰かがヴァンと喧嘩してても何にも聞かないし何にも言わないことになってるんだよ」
「な、何で?」
「端から見ると些細なことで騒いでるなぁって呆れることが多いんだよ。普通夫婦って閉じた世界だから気づき辛いかもしれないけど……」
シュリルワがスッと補足に回る。
「大抵言い方が気に障ったか、言われたことを守らなかったか、意思疎通が足りなかったかのどれかです」
「うっ……!」
イリスは言い当てられたとばかりにたじろいで、口を手で押さえた。
「そんなの謝って『次から気をつける』って約束する以外解決策ないです。どうせそこに辿り着くんだから意地張ったり熱くなったりしてる時間は全部無駄です」
「イライラしてると別件のイライラも持ち出しちゃって泥沼化するしね」
「み、見られてたのかってくらいその通りなんだけど……!」
イリスはいよいよ頭を抱えてしまった。その反応を見て、ジルーナはろくに話も聞かずに相談を叩き折ってしまったと焦ったようだった。イリスの袖をちょこんと摘み、精一杯軌道修正を試みる。
「あ、で、でも意地張ったり熱くなったりを解消するために人に聞いてもらうっていうのは大事かも! 聞くよ?」
「い、いえ。もう相談した意味が十二分にあったわ……」
イリスはカバンからハンカチを取り出しておでこに滲んだ汗を吸わせた。話の展開は予想とは違っただろうが、確かな収穫を得たようだった。やがて意思を固めたらしく、口の中だけで呟く。
「……さっさと終わらせるのが吉ね。どうせ毎日顔合わせるんだし、そっちの方が居心地良いわ」
「ですです。内心納得してなくても先に謝っちゃった方があっちも素直に謝って反省するです。そしたら結局こっちも納得するです」
「ペンとメモを持ってくるべきだったわ……っ」
彼女のリアクションを見て、ジルーナとシュリルワはミオに聞かれなくて良かったねと笑っていた。ヒューネットはまだイリスとミオの関係を深く知らなかったが、ミオなら今のイリスの姿を見て大喜びするのはなんとなく想像がついた。
「わ、私より大人ねみんな……」
「大人ってわけじゃないよ。ウチはヨソと違って夫婦喧嘩を客観的に見せられる機会があるからさ、人のフリ見て我がフリ直せって感じでいつの間にかね。最初の頃は私もギャーギャー騒いでたよ」
ジルーナの言葉を聞いて、イリスはふと黙って考え込んだ。「あれ?」と思って三人は猫耳を向ける。
「……いえ、本当にすごいわみんな。ウチなんて旦那と私だけでも上手くいかない時があるのに、みんなでバランス取ってるわけでしょう?」
妻八名。普通に考えれば夫との喧嘩より妻同士でギクシャクすることの方が多くなりそうだ。しかしそんなこと、すっかり意識の外にあった。感心されるのが不思議なくらいだ。
「あのねっ! ヒューたちすっごく仲良しだよっ!」
「不思議と全く揉めないです。……クク、多分共通の敵がいるからです」
「もうシュリっ! ヴァンは敵じゃないよっ!」
ヒューネット的にはピシャリと鋭く指摘したつもりだったが、シュリルワはケタケタと笑っていた。やがて注文の品々が届き、賑やかな雰囲気の中でそれぞれスプーンを持つ。
────しかし、ジルーナの一言で他全員の手が止まった。
「私ミオと一回大喧嘩したよ」
「「「え⁉︎」」」
ジルーナとミオが喧嘩? 想像がつかない。ジルミオと言えばスナキア家の中で仲良しコンビランキング一位だと思っていた。なんせ共に戦ってきた年月が違う。
ヒューネットは早く説明して安心させてほしいと視線をジルーナに向ける。だが、彼女はあっけらかんと水を一口飲むのみ。さらに、
「仲直りもしてない」
追撃をかましてくれた。
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