5.喧嘩の真相

 ***


 スナキア家の食卓。

 ミオは大きなおにぎりを手に抱えながら、さっさと食べ終えてこの場を去らなければと焦っていた。今にもキティアがフラムに喧嘩の経緯を語り出しそうだ。


「フラムさん好き……!」

「あらあらぁ」


 キティアはやっと見つけた話を聞いてくれる人を抱きしめる。フラムはその頭をそっと撫でる。しかしキティアは貪欲にもその暖かみに満足せず、ミオにも視線を向けてきた。


「ミオさんも聞いてくれるんですよね⁉︎ さっきは助けてくれましたし!」

「う、う〜ん……」


 怒鳴り合う二人を「プレイ中」呼ばわりして突っ散らかしてやったのは事実。しかしあれは単に騒がしかったのが自分的に気になっただけだ。味方認定されてしまうのはちょっと困る。


「事の発端は昨日の夜です」


 席を立つ間も無く、残念ながらスタートしてしまった。ミオはバレないように小さくため息をつき、観念して聞いてあげることにした。


「あたし、昨日ネイルやったんですよ。エルさんに習って」


 キティアは二人に爪を見せた。白く塗られた上に、小さなお花が一つ二つ。ミオはこのままネイルの話に転換できないかという淡い希望を抱きながら感想を伝える。


「あ、可愛いわねぇ♡」

「本当だねぇ」

「えへ、ありがとうございます。主婦業に支障が出ない程度に控えたんですけどね」

「それって────」

「で、ヴァンさんに見せたんです!」


 ミオの期待虚しく、あっさりと本題に戻る。


「アイツが帰ってきた途端にですね、こうやって、見せたんですよ」


 キティアは甘く握った拳を顔の前に出す。何の変哲もない、爪を見せるためのポーズである。


「そしたらアイツ何て言ったと思います⁉︎ 『そのポーズ、猫みたいで可愛いな』とか抜かしやがったんですよ! こっちはネイルの話をしてんだ! フェチをしまえ!」


 キティアは思い出したことで怒りを再熱させる。……確かに、猫の手を模しているように見えなくもない。特にビースティアフェチの夫からすればだ。


「あらぁ……」

「ヴァン君っていつもヴァン君だねぇ……」


 聞き役の二人が同情気味に口を開く。一生懸命細工を施したネイルを一刻も早く見せたくてうずうずしていたところにネイル完全無視の反応。なるほど、それで怒っていたのか。


 ────しかし、翌朝まで怒鳴り合うようなことかねと、ミオは眉をひそめた。


「け、けどぉ……結局ティアちゃんのこと『可愛い』って褒めてくれたわけでしょう? あの人的に『猫みたい』って最上級よぉ?」

「あのねぇ、わたしもそう思うの。きっと悪気はなかったんじゃないかなぁ……」


 二人は思わずヴァン側をフォローする。聞き役がそちらに回っては話がいがないだろうが、一応彼はミオやフラムにとっても夫なのでどうしてもそんな対応になってしまう。こんなんじゃキティアも話し甲斐がないだろうに。


「アイツも似たようなことを言いましたよ。……それであたしが本腰入れて怒ったんです」


 ミオとフラムは「何で?」と言いたげに目を合わせる。


「あたしは別にヴァンさんに可愛いと思われたくてネイルしたんじゃなくて、爪が可愛いと自分のテンションが上がるからやったんです。思い上がるなって話です!」

「え、えぇっと……? じゃあヴァンさんはネイル見て何て言えば良かったのぉ?」

「あたしが欲しかったのは共感の『可愛いな』なんです。なのに爪を無視してその上勝手に褒めた気になってるのが余計腹立ってですね」

「……でもぉ、ヴァンさんに可愛いと思われたくてオシャレすることもあるわけでしょう?」

「ありますよ! そういう時はちゃんとあたしを褒めてほしいです!」


 キティアはそんなの当然じゃないかとばかりに頬を膨らませる。先輩二人は再度目を合わせた。どうやら感想は同じだったようなので、ミオが代表して告げる。


「ティアちゃん、それ難しいわぁ……」

「アイツもそう言ってましたよ……。構わず文句言い続けてたらあっちもヒートアップしてきて要求が高すぎるだの理不尽すぎるだので……」

「それで朝まで喧嘩してたのぉ?」

「あ、いえ。一晩寝てあたしも理不尽だったかなぁと反省しました。アイツの『猫みたい』って言葉の重みは身に染みて知ってる訳ですし……。だからあたしから謝ろうと思って」

「……?」


 いよいよ訳が分からない。じゃあもう解決済みじゃないか。今朝の家中に響く怒鳴り声の応酬は何だったのか。


「そしたら先にあっちが謝ってきたんですよ! こっちから言いたかったのに! でもアイツも『俺が謝る!』って聞かないんですよ! それが今朝のやつです!」


 ミオは崩れ落ち、テーブルに突っ伏したままこもった声を放つ。


「……じゃあ何ぃ? どっちが先に謝るかで喧嘩してたってことぉ?」

「はい!」


 犬も食わないどころの話じゃない。やっぱり聞くんじゃなかった。せめて遠慮なく感想は言わせてもらう。


「アホくさ……!」

「そ、そんなこと言わないでくださいよ!」

「み、ミーちゃん、あのねぇ、本当のこと言っちゃダメだよぉ……」

「いやフラムさんの言葉の方が刺さるんですけど⁉︎」


 ミオは顔を上げ、乱れた髪を整える。全力のため息を混ぜながら今後の展開を予想してやる。


「あとは『せーので謝ろう』とか言って仲直りして、ティアちゃんが普段あんまりしないような過激なサービスをして終わりじゃない……」

「一通り聞いてもらってスッキリしたのでそうなると思います」


 キティアはあっけらかんと言い切った。そちらは満足したかもしれないが、こっちは短時間でドッと疲れてしまった。


「フーちゃん? これに懲りたらもう誰かの喧嘩に踏み込んじゃダメよぉ?」

「ミーちゃん……そうするねぇ……」


 フラムは大真面目な顔で頷いた。キティアはまあまあお礼はしますからと呟いて、手始めにコーヒーを淹れるため席を立つ。思いっきり袖を捲ったところを見ると食器洗いもしてくれそうだった。それならもういいかと、ミオは雰囲気を変えるため彼女の背中にからかい文句を投げる。


「ティアちゃんって本当めんどくさい女ねぇ♡」

「うっわ、ミオさんにだけは言われくなかった……!」

「ど、どういう意味よぉ」

「あ、あのねぇ、ジャンルが違うだけでねぇ、引き分けくらいだと思うの」

「フラムさんさっきからフォローが一度も成功してないですよ!」


 割と辛辣な言葉の応酬だったが、三人の空気は和やかだった。遠慮なくズカズカ言い合える関係。妻同士の方は相も変わらず仲良しである。


「……女の子同士が揉めちゃったら全力でカバーに入るんだけどねぇ」


 ミオが何の気なしに放った一言に、キティアがケトルに水を注ぎながら食いついた。


「今まで誰かやり合ったことあるんですか? あたしの知る限りなさそうですけど」

「んー、深刻なのは一回だけねぇ……」


 ミオの回答に、フラムとキティアの猫耳がピクリと動いた。


「え⁉︎ いつですか⁉︎ 誰と誰が⁉︎」

「ミーちゃん、それわたしも知らないよ……?」

「え、えっとぉ……」


 思いの外興味を持たれてしまい、ミオは少し戸惑った。彼女の許可なく喋っていいものだろうか。……まあ、とっくに済んだ話だ。今となっては隠すようなことではないだろう。


「私とジル♡」

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