22.再起

 ***


「し、死ぬかと思ったわよ……」


 ミオの自室。ヴァンから解放されたイリスが胸の奥底から息を吐いた。ミオが知る限りイリスがここまで狼狽しているのは初めてのことだった。特に責め苦を受けたわけではなく、ジルーナが帰宅してすぐに解放されたというのに。


「ごめんね、ミオ。私こそ任務にしくじったわ。まさか諜報員だとバレるなんて……」

「いえ。でも、どうして分かったんでしょう? イリスさんがヴァンさんと会ったのって最初にヴァンさんを呼んだときだけですしぃ……」


 ミオがヴァンに警護してもらっている間もミオはイリスの話はしなかったし、彼が探ってくる様子もなかった。引っ掛かるのは出会い頭にイリスをただ者ではないと見抜いて警戒していた件くらいだ。イコール諜報員と演算するには根拠が足りない。


「『誤解ならすいません』って言ってたから証拠を掴まれてるわけじゃないみたい。奥様に危険が及ばないように常に最悪を想定して動いている故の発想、ってことなんじゃないかしら」

「近づいてくる人は全部敵かもしれないと?」

「そうね。……私看病に行けないと言ったくせにこの家の近くに居たところを見られちゃったから、かなり怪しまれたと思うわ」

「となると私のことも……」

「……ごめんね」


 ビースティアのミオまで諜報員だとは思わないだろうが、諜報員の手先であるとは読んでいるだろう。ヴァンと結婚するハードルがさらに上がった。というより、元々疑われていたためにハードルなんかとっくに高かったと見るのが自然だ。せめてジルーナから何も聞き出そうとせず無事にお返ししたことで少しでも疑いが晴れていたらいいのだが……。


「奥様はどんな方だった? ジルーナ・スナキア・ハンゼルさんでいいのよね?」


 答え合わせをしてしまうのは危険かとも考えたが、イリスなら大丈夫だろうと信頼し、ミオは首を縦に振る。


「……差を見せつけられました。私、あんなに強い人を初めて見ました」


 任務も忘れてただただ自分の浮ついた恋愛感情だけで動いていた自分とはえらい違いだ。一体どれだけの決意で彼のそばにいるのだろう。最近の国内情勢や、少しやつれた彼女の姿を見るに、心の余裕を失ってもおかしくない状況だというのに。


「あの人を排除するなんて私にはできません。誰にも不可能です」

「……仮に、あなたの魔法を以ってしても? 彼女になら通じるでしょう?」

「強い想いを打ち消すにはそれだけ強い魔力が必要だと思います。まず間違いなく無駄に終わります」


 魔法に関する情報は少ないが、これは確信を持って言える。彼女の心はいかなる異能を使ってもねじ曲げることはできない。


「……まあ、四つの指令の内『第一夫人の排除』は元々優先度が低いわ。結局あなたが後継を産みさえすれば他は細かいことなんだから。結婚後はどうにか同居に持ち込んで政府には『工作中』と言い張ればいい」

「け、結婚後と言われましても……」

「そ、そうよね……」


 手詰まりになった上に政府の刺客であることまでほぼバレているのだ。買い出しを頼んでも来てくれなかったということは、彼にはもう自分と会う意思すらない。


 ────それでもミオはまだ、希望を失っていなかった。


「……ジルーナさんにヒントを貰いました。あの人、そこまで……?」


 彼女の言葉からは、スナキア家の妻として必要な心構えがいくつも浮かび上がった。


「何? 手があるの?」

「えっと、まだ草案なんですけどぉ……」


 ミオはあれから必死で考えた。重要なのは彼を理解し、味方であると示すこと。彼が何と戦い、何に苦しみ、何を求めているのかを知り、そっと寄り添うこと。できれば、ジルーナにはできない方法で。彼女にも負けない強い意志で。疑われていることが吹き飛ぶほど、圧倒的な力で。


「お、怒らないで聞いてくださいよ?」


 ミオは怯えながら前置きしつつ、計画を伝える。その内容はあまりに荒唐無稽で、まだ詳細を詰めていないぼんやりとしたイメージしかないのに説明に十五分を要した。イリスはその間ずっと口と目をかっ開いて、驚愕と呆れを全く隠せずにいた。


 そして聞き終わると、


「ミオ、あんたそれ……、国家反逆罪になるんじゃない?」


 多分、そうなるだろう。でも構わない。


「これでヴァンさんと肩を並べられますかね?♡」


 成功すれば大犯罪者同士のカップルが成立だ。お似合いだと言い張って笑ってやる。


 イリスは頭を抱えて思い悩んでいた。その葛藤もまた長かった。無理もない。彼女にも加担してもらうことになるからだ。やがて彼女は諦めたように苦笑して、ミオの肩を撫でた。


「難儀な恋をしたものね」

「フフ、そうですね。でも本気です」

「……あなたがヴァン様と結ばれれば反逆どころかこの国を救えることにもなるかもしれない。それにあなたをサポートするのが私の役目。……うん、やってやろうじゃない」


 彼女も覚悟を固めてくれた。なんて心強い。さすがミオの理想とする、頼れるお姉さんである。


「ここまでやればヴァンさんだけじゃなく、ジルーナさんにも認めてもらえると思うんです。……本当のこと言えばそれが一番大きな目標かもしれません」


 早く体調を整えて作戦決行だ。自分だってヴァンを愛していると見せつけてやりたい。負けないって叫びたい!

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