13.一肌脱いで

 ***


 ミオがヴァンに護衛され始めてから四日目。


 ミオは帰宅の途に着く。────この瞬間もヴァンがどこかから見守ってくれている。緊張感のある日々だ。

 彼は分身して自宅周辺も監視してくれているらしい。ミオが不在の間も在宅中もだ。もちろんプライバシー保護のため家の中までは見られていないのだが、何となく気が休まらない。


 そのくせ進展は特にない。ヴァンが分かりやすくそばにいれば犯人が逃げてしまうため、こうしてこっそり追いかけるという形を取られている。もっとお喋りができる距離感にいてほしい。現状、出かけるときにどこに行くか伝えたり、たまに自宅の窓から顔を出して挨拶したり、お茶を出したりする程度の交流しかない。


 あのカフェでの話し合いでも、告白まがいの発言をした後は軽く打ち合わせだけして解散になってしまった。ショックだったのは相変わらず連絡先も教えてもらえなかったこと。普通に不便ではと思ったが、どこにいても呼び掛ければ顔を出してくれる状況なので何も言えない。結構順調に仲良くなれてきたと思っていたのにまだまだガードは固かった。そこは流石に妻帯者だ。


 しかし、結局話す機会も少ないこの状況は好機と捉えることもできる。ミオは今までイリスに「アンタは黙ってたら可愛いのに」と散々言われている。あれは完全に悪口ではあるが、今は救いだ。遠巻きに見られているだけで彼を魅了する方法を考えなければ。


 自宅マンションに到着し、ミオは当てずっぽうに空に向けて口を開く。


「ヴァンさ〜ん。今日もありがとうございました」


 するとチラリと一瞬だけヴァンが姿を現し、軽く会釈してくれた。……ありがたいことに本当に頑張っていただいている。早く終わらせてあげなければ。


 ミオはそのままマンションに入り、三階の自宅前に到着。玄関前に置かれていた段ボールを見て、ミオは慌てて抱え上げて家の中に飛び込んだ。


「やっと届いたわぁ……!」


 外出時は常に見られているミオが彼に内緒で買い物をするならネット通販を利用するしかない。昨日注文した秘密兵器たちがようやく到着した。段ボールを開封すると中には数々の服が入っていた。


「見ててねヴァンさん。明日から私、尻尾出すから……!」


 尻尾を見せられる服。それがミオの仕入れた武器である。


 どういうわけか彼はビースティアフェチであることを声高に主張している。本当なのかどうかは分からない。単に後継を作らないアピールをするためにビースティアが好きだと装っている可能性もある。だが、先日ヴァンが連絡先交換の話をしていたとき、彼は「妻に悪いのでビースティアの女性とは連絡先を交換しない」と言っていた。他の種族なら許しが貰えるということは、ビースティア以外の女性が対象外であることを誰より奥様が熟知していることを示唆している。であれば多分彼は、ガチの人だ。


 ミオは尻尾を隠せる構造の服しか持っていなかった。ビースティアのくせに猫耳と尻尾が似合っていないという自覚があるからだ。あれは童顔で小動物系の女の子だからこそ可愛いのだと思う。図体のデカい老け込んだ顔(イリス談)の自分にはマッチしない。


 それでも彼の好みとあらば合わせましょう。普段はパンツスタイルが多いがスカートも買ってみた。恥ずかしいけど、ちょっとでも可愛いと思われたい。


 早速尻尾を出せる部屋着を取り出して着替えだ。その姿で彼にコーヒーを出す。何かリアクションをもらえるといいのだが。


「うぅ……スースーするわぁこれ……」


 何だか裸みたいな気分だ。……いっそカーテンを開けたまま着替えてうっかり裸を見せるか? 猫耳・尻尾はアレでも胸の大きさならちょっと自信があるのだけれど。────いや、ダメだ。完全に痴女じゃないか。しかも奥様がさらなる巨乳で日々セクシー下着を着て迫っているようなら負けが一つ増えるだけだ。


 さっと着替えを済ませてコーヒーに取り掛かる。今まで自分ではインスタントのものしか使ってこなかったが、これを機にコーヒーメーカー一式と良さげな豆も仕入れた。そして何より、今ならある程度スキルもある。ミオはヴァンとの初対面以来、そのまま迎賓館の給仕係として働いてコーヒーの淹れ方を学んでいるからだ。


 彼に職場への行き帰りを護衛してもらうことになり、毎日迎賓館に行かなければ辻褄が合わなくなった。そこで諜報部に手を回してもらい、本当に以前から迎賓館に勤めていたことにしてもらったのだ。元々業務の性質上諜報員は諜報部に所属していることを隠せるシステムになっており、書類上は仮の職場に属していることになっている。その書類をチョチョイと書き換えただけだ。迎賓館側も国家権力である諜報部から「何も聞かずに協力を」と言われればイエスマンである。


「お湯の温度、OK……!」


 ミオは一つ一つ指差し確認しながら慎重にコーヒーを淹れる。やがて猫ちゃんが描かれた小さめのマグに注ぎ、ベランダに出て行った。いつもはここでペコリと頭を下げているのだが、今日は気さくに手を振ってみよう。


 マグをベランダに置くと、どこからか「ありがとうございます」と聞こえ、次の瞬間マグが消えた。……本当はゆっくりお喋りしながら飲みたいのに。寂しがりながらいそいそと部屋に戻って出窓を閉める。尻尾出してますアピールのためにカーテンは尻尾で閉めてみた。見ていてくれたかな。


「……あ、そうだわぁ。ヴァンさんは透明になったままでぇ、私は誰かと電話してるフリをしてればお話してもらえないかしらぁ♡」


 我ながらグッドアイディアだ。明日提案してみよう。そしてあわよくばそのまま家の中にお連れして……な、なし崩しに、なんてことも……!


 ────好きな人に常に見られているという日々は震え上がるほど緊張するが、ミオはそれを楽しんでいた。

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