14.下着の真相

「あ、あれはミオが昔悪ふざけで誕生日にくれたやつでしょ⁉︎」


 ジルーナは顔を真っ赤にして弁明する。


「何なのあの悪趣味なパンツ⁉︎ 絶対に布があるべきところに大穴が空いてて布の部分も布というより網じゃんか! どうすりゃいいのさアレ⁉︎」

「へー、まだ持ってるのねぇ♡ たまに使ってるんじゃないのぉ?」

「使ってない! ぷ、プレゼント捨てるのは悪いじゃん!」

「ヴァンさん、使ってるのぉ?♡」

「「聞くな!」」


 ふいにガツンと大きな音が二つ響き、リビングが静まり返った。ヴァンは辺りを見回して音の出どころを探す。────どうやらテーブルだ。キティアとフラムがテーブルに崩れ落ちた音だった。


「ど、どうした二人とも……?」


 ヴァンが問いかけると、ティアは突っ伏したまま涙声を放つ。


「今朝ジルさんの着替えを取りに行くときにその下着見ちゃったんです……! 今日一日気まずくて気まずくて……!」

「……ッ!」


 ジルーナは声にならない悲鳴をあげ、尻尾をぴーんと吊り上げた。続いてフラムも供述する。


「あ、あのねぇ、ジルちゃんって尽くすタイプだからぁ、きっと夜はとんでもないことになってるんじゃないかって……。そんなの知っちゃったらわたしどうしていいか……」

「フラム何言ってんの⁉︎ 違うからね!」


 二人は心のこそからほっとしたようにテーブルにだらんと突っ伏して、尻尾と猫耳をへにゃっと弛緩させていた。その心労、想像して余りある。そして自分の預かり知らぬところでいつの間にか淫乱ドスケベ女にされていたジルーナのショックも計り知れない。


「あ〜……誤解で良かったです……。そっか、ただミオさんが人騒がせなバカなだけだったんですね……」

「ティ、ティアちゃん……? ホッとして油断してるからってもう少し言葉選んでくれてもよくなぁい……?」


 あんまりな言い草にミオは苦言を呈した。しかし、皆キティアの表現には全面同意だった。


「ミオ……! 何だかもうよく分かんないけどとにかく私に謝って……!」


 ジルーナはもはや半泣きである。


「ご、ごめんねぇ。まさかこんなことになるとは……。あ、でもお姉さんが今言い出さなきゃジルはずっと淫乱ドスケベ女だと思われてたわけだしぃ、お姉さんがピンチから助けたってことにはならない?♡」


 ミオが不審者役になってジルーナを助け出すという作戦は決行されなかった。だが、結局ミオはジルーナをもう一つの窮地から救い出したと捉えられなくもない。


 しかしそんな弁明で納得できるはずもない。なんせ。


「そのピンチを作ったのもミオなんだけどねぇ……⁉︎」

「ほ、本当にごめんね?」


 二人の間にユウノが大慌て駆け寄って頭を下げた。


「ジル姉ごめん! そもそもアタシが洗濯しちゃったのが悪かったからさ……」

「い、いいんだよユウノ。もう誤解も解けたみたいだしさ。……また遊びに行こうね。今度はミオを懲らしめる用のバットかなんか買いに行こ」

「あ、いい店知ってるぜ!」

「も、もう許してよジル……!」


 ミオは懇願する。しかしそんなミオに対し、シュリルワがもう退がれとばかりにヒップアタックをかまして押し退けた。ミオは床に崩れ落ちて泣き始めたが、この場にいる全員がそれは嘘泣きだと看破していた。


「ジルとユウノは今日どこ行ってたです?」


 シュリルワはミオに一切触れずに会話を始める。


「えっとな、まずワックだろ。そんでカラオケ連れてって、ゲーセンにも行った!」


 その返答を聞いてシュリルワは一瞬びっくりしたような表情を見せ、その後大層嬉しそうに微笑みかけた。


「でかしたです! その調子で色々連れ回してこのお利口ちゃんを悪の道に染めてやるです」

「おう!」

「あ、悪の道だったの? まあすっごく楽しかったけどさ」

「そっか〜ジルは楽しかったですか〜。良かったです〜」

「な、なんでシュリがそんな嬉しそうなのさ」


 ヴァンはそのやり取りを「分かるぞ〜」と思いながら見ていた。ジルーナは家政婦時代休め休めと迫っても全然休んでくれなかったし、合格が決まっていた高校すら蹴って仕事に専念していた。普通の学生が体験するような遊びに連れ出してくれたのはありがたい。ユウノに妻を盗られそうなどというくだらない心配はもう忘れてしまおう。


 ────さて、ここからヴァンはもう一仕事。サリエとの対峙だ。だがヴァンはまだどう対応すべきか決めあぐねていた。状況、及びヴァンの心境は、複雑を極める。


 大前提として、最大の目標は妻に二度と手出しさせないこと。直接的な干渉はもちろんのこと、尾行されて自宅への出入りに使っている秘密通路を暴かれるのも厄介だ。また、妻=ジルーナという情報を誰にも漏らさないようにしなくてはならない。


 となれば相応に懲らしめなければ。再発防止という意味だけではなく、単にヴァンは彼女に猛烈に怒っている。昔から苦労をかけているジルーナを怯えさせ、困らせたのだから。


 だが、逮捕やそれ以上の、物理的に二度と動けなくなるような手荒な方法は使えない。一応サリエに対しても妹に感じるような情はある。先ほどだって問答無用で逮捕するのは躊躇したほどだ。お仕置きを与えるなら別ジャンルのキツいやつということになる。


 だがやり過ぎて嫌われるのもマズい。今日サリエが強硬策を取ってこなかったのは、彼女がヴァンを好きだからなのだ。その前提を崩してしまうようなことがあればジルーナの危険度は跳ね上がる。


 とはいえ、根本的に、好意を利用して人をコントロールするという手法はどうなんだという疑問もある。彼女の気持ちに応える気はないのだから、バッサリ切り捨てるのがそれこそ情だろう。


「正解あるのかこれ……」


 思わず独り言が漏れる。妻の安全確保。そしてサリエの恋心の解消。叶うならこの二つを両立させたい。何かいい策はないだろうか。


「……とりあえず行ってくるよ」


 まあいい。まずは会って話してからだ。あちらの出方次第で正解も変わってくるだろう。


「あ、待ってくださいヴァン様。そろそろ手を洗われては?」

「あ」


 このヴァンはエルリアと共に陶芸をしていたヴァンから派生した分身である。大慌てでジルーナとユウノの元に駆けつけたため、手には相変わらず土が付いていた。


「まあ道中に魔法で洗うよ。魔法なんて使い放題の場所に行くからな」

「……?」

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