10.本当の戦い
***
『ラルド・シーカーを逮捕しました。もうご安心ください』
テレビの中でヴァン[ラルド]がインタビューを受けていた。
「ジル、終わったぞ」
そしてその模様を自宅でヴァン[ジル]が見守っていた。ジルーナは夫が二人いることに今更リアクションするはずもなく、ホッとしたように心の底からため息を漏らす。
「はぁー……よかった。ヴァン、怪我してない?」
「当然だ」
ヴァンは誇らしげに白い歯を見せる。多分、ジルーナが見ていたら「も、もうやめてあげたら?」と言い出したのではないかと思うほど徹底的に打ちのめしてやった。怪我する方が難しかっただろう。
ヴァンがテレビに視線を向けるとジルーナもそれに倣う。ヴァン[ラルド]は数々のメディアからやってきた記者たちに大量のマイクを向けられ、首から下が見えなくなっているほどだった。首都上空で戦うなどという目立って仕方がない行為を働き、挙句の果てには十五万の分身で空を埋め尽くしたため、こうしてこぞって駆けつけるのも無理はないだろう。一刻も早く逮捕の報告と今後の対策を国民に発表したかったヴァンにとっても都合が良かった。
『すでにテレポートで隔離島に移送済みです。皆さん知っての通りファクターの魔法をもってしてもあの島から抜け出すことは不可能です』
記者の一人が問いかける。
『ヴァン・スナキア夫人保護法を適用するおつもりでしょうか⁉︎』
『ええ』
『被害者はヴァン様の奥様ではないのですよね⁉︎ 保護法の適用は適切でしょうか⁉︎』
『もちろんです。犯人には妻に危害を加えようという意図があったわけですから』
記者たちがざわめいた。妻が直接被害にあったわけではない。妻かもしれないと思って犯行に及んだだけ。それでも妻への危害と判定される。ヴァンがそう思えばそうなのだ。そんな無茶な理屈が平然と通るほど、ヴァン・スナキア夫人保護法は独裁的だった。
『ヴァン様! あなたの意向次第で誰でも犯罪者となり得るような状況に思うところはありませんか?』
『あまり気分は良くありませんね。なので妻に敵意や悪意を向けないで頂きたい』
『被害者の女性に対する謝罪の気持ちはありますか?』
『それは犯人に聞くことでは? 僕としてもできる限りの補償はさせていただきますが』
『ご結婚以来身勝手が過ぎるのではないでしょうか! 国民はまだ競売事件に怒りを感じています!』
『じゃあ買わなきゃよかったじゃないですか』
予想はしていたが、非難轟々である。凶悪犯を捕まえた貢献者へのインタビューとはとても思えない。ヴァンは面倒臭さを隠さず、あらゆる質問を淡々と切り捨てていく。
『ご結婚をきっかけに無関係の女性が傷つけられたんですよ! どう責任を取られるおつもりですか⁉︎』
記者たちが「そうだ! そうだ!」と呼応し騒ぎ立てる。確かに、被害者の心情に思いを馳せれば心苦しいものはある。二度とこんな事件は起こらぬよう願う。だが、
『責任?』
ヴァンは眉を顰めた。口調も荒れる。
『元を辿れば原因は俺に依存しきった国家体制だ。責任は国民全員にある』
ヴァンが好きな相手と結婚しただけで混乱が訪れるようなシステムが根本の原因だ。ジルーナとの結婚は間違いではなかったと、堂々と胸を張らせてもらう。
その態度は居直ったかのように映ったらしく記者たちは怒号を上げる。ヴァンはそれをかき消すかの如く、自らの主張を大声で貫き通す。
『そして今回の事件を誘発したのは総理を始めとした政治家や、ジャーナリスト、そして彼らの言葉を嬉々として報じたメディアだ。俺を公然と批判するのがトレンドになっているそうじゃないか。物申せる人間として一目置かれるからと。……馬鹿らしい。乗せられて俺や妻への敵意を剥き出しにする輩が現れたのも無理のないことだ』
群れをなすメディアに向かって批判をぶつける。さらに、
『総理は国家反逆罪に値すると断じていたな。じゃあ仮に、俺が責任を取ってその罪を償うと言い出したらどうするつもりなんだ? 隔離島の独房の中で一生を過ごしてやろうか? まあ、俺の予想じゃ一生どころか四時間で出てこられるだろうがな。この国が、跡形もなく無くなるからだ』
ヴァンを収監したなんて朗報、世界各国がこぞってミサイルを発射するきっかけになるだけだ。ウィルクトリアにとって自殺行為でしかない。
『もう一度考えてみろ。俺に、責任を、取ってほしいか?』
ギャーギャーと騒ぎ立てていた記者たちが途端に静まり返った。結局誰もヴァンには逆らえない。ヴァンなしでは生きられない。理不尽だと感じるならそれを変えればいいのだ。
自宅にて、テレビの前でジルーナがおずおずと進言する。
「ヴァ、ヴァン……? 攻めすぎじゃない……?」
ヴァン[ジル]は黙って首を横に振り、彼女の肩に腕を回して抱き寄せた。
「これでいいんだ。傷ついたのは被害者だけじゃない。君もだ。……その責任を取らせなきゃならない。早急に国を作り変えるという方法でな」
「で、でも……、私だって結婚したことは悪くないと思ってるけどさ、今回の事件については私たちのせいって思う人の気持ちも分かるから……」
「それも大丈夫だ。これからフォローする。徹底して再発防止に努めるってことを発表して、そのやり方を────」
「あ、ヴァン、それなんだけど。私の名前発表してくれる? それならもう誰かが間違えて襲われたりしないと思うからさ」
ジルーナの狂気じみた案。国中から批判の集中砲火を浴びせられる可能性があるため、採用するわけにはいかない。
「……」
ヴァン[ジル]は無視を決め込んでテレビに視線を逸らす。
「あ、あと写真も見せちゃって。旅行中いっぱい撮ったでしょ?」
「……」
「あ、ちょっと待って。せめてなるべく写りが良いやつがいいの。えーっとね、カラディア島で撮ったやつは?」
「……」
「……ヴァン? 無視するつもりならとても無視できないことをするよ?」
ジルーナはヴァンとテレビの間に割って入り、これ見よがしに猫耳をぴょこぴょこさせた。勿論ヴァンは無視できない。
「ああもう可愛いな! あ、いやそうじゃない! ジル、それはダメだ!」
ヴァンはジルーナの両肩を掴み、優しくソファーに戻す。その間ジルーナはずっとジトッとした目でヴァンを睨みつけていた。しかしそんなことで怯んではいられない。
「そんな目したってダメなものはダメだ。危険すぎる」
「だってしょうがないじゃん。またこんな事件が起こったら困るでしょ?」
「起こさないようにする!」
「どうやって?」
「だから、それを今から言うんだ」
ヴァン[ジル]はテレビを指差し、ついでにヴァン[ラルド]に「ちゃんとやれよ」と交信しておく。
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