9.蹂躙


 ヴァンはテレポートで急接近し、ラルドの肩を掴んだ。


「⁉︎」


 ラルドがリアクションを取った頃にはすでに二人はテレポートで移動していた。首都アラムの上空100メートル付近、半球のドーム状に張ったバリアの中で二人は対峙していた。


「街を壊されると厄介だ。ここなら好きに暴れていいぞ」


 悔いを残さぬよう、存分にご自慢の力を発揮してもらおう。言い訳の余地も残さぬほどに徹底的に心を折ってやる。


「十五万に分かれてる上に舞台作りにこれだけの魔力を消耗してくださったわけですか。サービスが過ぎるんじゃないですか?」


 ラルドはひとしきり周囲を見渡したあと、調子づいて声を弾ませた。勝てる可能性が上がったとでも思ったらしい。その勢いで右掌に魔力を集中させ、


「喰らえっ! <炎龍の降臨フレイム・ドラグーン>!」


 叫び声と共に龍のような形状の烈火を放つ。夜の上空を明るくしてしまうほどの火力。


「何……っ⁉︎」


 ヴァンは風魔法と共に小ハエを払うかのように手をヒラっと動かし、ラルドが放った炎をさっとかき消した。思わず声を出して驚いてしまったのは魔法に対してではなかった。彼が技の名前を叫んだことに対してだ。


「……ただの火炎魔法だろ。自分で付けたのか? そのカッコいい名前は」

「な……っ⁉︎ 馬鹿にするな! <炎陣障壁フレイム・ウォール>!」


 再度放たれる豪火。今度は壁状の炎が頭上から滝のように雪崩落ちてきた。世間的に見れば立派な魔法なのだろうし、正面からでは当たらないと踏んで角度を変えた攻撃に転じた点は評価してもいい。


 だがヴァンにとっては避けるのも面倒なほどのお粗末な威力だ。小細工は無駄だと知らしめるためにも、バリアを張って堂々と受け切る。当然ダメージはない。ちょっと周囲が蒸し暑くなった程度だ。


「……っ! 何だと⁉︎ 俺の必殺技 <炎陣障壁フレイム・ウォール>が……!」

「だから何なんだその名前は……。舌を噛むぞ」


 思わずため息が漏れる。軍でファクターの指導を務めている故の職業病か、つい口出ししたくなる。


「新兵には最初に言うことなんだが……。魔法を使う自分に酔うな。特別な力だと認識している内は使いこなせないぞ」


 ファクターたるもの魔法は手足のように自然に使えてこそだ。いちいち技に名前をつけるなど、まるでごっご遊びに興じる中学生のようだ。比較的魔力が強い方だというのは分かったが、それ故に妙な自尊心が生まれてしまっていることでかえってマイナスに作用している。


「お前の手から炎が出るのは暑いと汗が出るのと同じだ。お前は汗をかく度に技の名前を叫ぶのか?」

「だ、黙れっ!」


 ラルドは抗議しつつも少し恥ずかしくなったのか、今度は技名を披露せずに電撃魔法を放った。────ヌルい。実にヌルい。ヴァンはポケットから携帯電話を取り出す。そして、あろうことか盾に使った。


「なっ⁉︎ 何してんだ⁉︎」


 立ち登る青白い閃光。しかし画面にはヒビ一つない。ヴァンは右上のバッテリー表示を確認して満足げに頷いた。


「助かった。充電させてもらったよ」

「はぁ⁉︎」


 ヴァンは新婚旅行中に緊急連絡用の携帯を充電するために帰宅を余儀なくされた経験をきっかけに、自らの魔法で携帯を充電する術を開発していた。防御のついでにそいつを使わせてもらった。


「これができると便利だぞ。バリアで簡易的な電子回路を組むんだ」


 バリアは電気に対する防御力を操作できる。その性質を利用すれば導体にも半導体にも絶縁体にも変化させることが可能だ。とはいえ飴細工のような繊細な作業が必要なため、普通ならこれの修行のためだけに数年かかるだろうが。


「た、ただ魔力がつえぇってだけじゃねえんですね……ヴァン様は……っ!」


 差は明白だった。魔力の総量も、扱う技術も。


「おい、次は何の魔法を見せてくれるんだ?」


 渾身の攻撃を予想外の方法で防がれ、ラルドは愕然としていた。次の一手に迷い、口をあわあわさせているだけだ。


「来ないならこっちから行くぞ」

「⁉︎」


 親切にも進言して身構えさせてやった。ヴァンはすでにラルドの力量を完全に把握している。彼が全身全霊の命懸けでバリアを張れば何とか防げる程度の極めて脆弱な砲撃魔法を放つ。


「うわぁぁぁあ!」


 ラルドは急所を蹴られたかのようなみっともない呻き声を上げてどうにかバリアで弾いた。読み通りだ。


「……じゃあこれは防げないな」


 ヴァンはちょっとだけ魔力を集めた小指でバリアをつついてみる。


「⁉︎」


 夜の空をつん裂く破裂音。バリアはラルドのプライドと共にあっさり崩れた。顔を真っ青に染めたラルドと相対し、ヴァンは不敵に笑う。


「ば、化け物め……!」


 これにはたまらずビビり散らかし、ラルドは逃げるように飛行魔法を使って距離を取った。つつかれただけで死ぬことが分かったのだから賢明な判断だろう。


「……空中戦か。バリアを広げてやるよ」


 ヴァンは闘技場代わりの半球バリアを直径三百メートルほどに拡大する。その気になればこの国全土を覆えることを考慮すると小規模だ。だが、ラルドからすればこの大きさでも力の差を痛感するには充分だろう。


 ラルドは飛行とテレポートによる機動力を生かし、あらゆる角度から先程の何ちゃらとかいう火炎魔法を無数に放つ。正面から戦っては勝ち目がないと踏んだ上で不意打ちでも狙っているのだろう。接近戦はとにかく避けたい、そんな心の叫びが聞こえてくるようだった。


 そういうことであればと、ヴァンはテレポートで接近してみる。


「ヒィ……⁉︎」


 これだけ飛び回れば捉えられまいとでも思っていたのか、ラルドは突如正面に現れたヴァンに悲鳴を浴びせた。咄嗟に高速飛行でその場を離れたが、ヴァンは悠々と彼を追いかけた。


「まさかとは思うがスピードが自慢か? この程度で」

「う、うるさい!」

「まだるいな。飛ぶときは進行方向に鋭角のバリアを張ってみろ。空気抵抗が減るぞ」

「クッ……!」


 逃げることも不可能。彼がそう悟るまでには大して時間はかからなかった。ラルドは観念してその場に静止する。ヴァンは数メートル離れて彼の次の一手を待った。何が来ようと圧倒してやる。


「うぅ……うぅ!」


 ラルドは震えながらジャケットの胸ポケットに手を伸ばした。そして、


「う、撃つぞ……っ!」


 ────取り出したのは何の変哲もない拳銃だった。


「ラルド……。0点だ」


 もはや呆れ笑いも出ない。魔法を使えるファクターであることが大層ご自慢だったはずなのに、最後に縋ったのは粗末な武器だった。


「奥の手がそれか? ファクターの矜持はどうした。拳銃など魔法より威力もスピードも落ちるぞ」

「黙れ……っ!」

「選べ。『避けられる』か、『当たっても効かない』か」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」


 ラルドは錯乱しながら弾丸を放つ。しかし魔法で向上しているヴァンの動体視力の前では止まっているも同然。ヴァンは放たれた弾を拳くらいの球状のバリアで虫のように捕らえた。弾は内部で乱反射し、やがて静止する。


「……『キャッチする』もあったな」

「う…………っ!」


 よく考えたら受けたり避けたりすれば弾を見失ってしまうかもしれない。街に落下して誰かに当たりでもしたら大事だ。


 心がへし折れたラルドはゆらゆらと下降していき、ついに膝をついた。ヴァンは彼を追従し、正面から見下ろす。決着は着いた。だがヴァンは追い討ちをかけるように冷酷な声音で告げる。


「俺にも魔法関係で一つだけ苦手なことがあってな」

「……?」

「魔法の気配を察知するのが苦手なんだ。感度が高すぎて何でもかんでも拾ってしまうからな」


 ラルドは一体何の話をしているのか理解できず、ただただ脂汗をかいていた。技名は叫ばなかった。


「だが、これだけ魔法を見せてもらえばお前の魔法の気配は覚えたよ。もう世界のどこでお前が魔法を使っても一瞬で駆けつけてやる」

「……!」

「意味が分かるか? 仮にお前がこの場を逃げ遂せたとしても、使。……ファクター失格だな」

「……クソっ……!クソがぁ……っ!」


 ヴァンは奪った。彼の自尊心の根幹を。これだけの力の差がありながらさっさと倒さなかったのは存分に魔法を使わせてこの展開に持ち込むためだったのだ。それを理解したラルドは悔しさに打ち震えて肩をすぼませる。頃合いだ。隔離島に連行するために、ヴァンは彼の肩に触れた。


「……わ、分かったぞ」


 不意にラルドが呟いた。


「いくら何でもこんなに強いはずがねえ……! アンタ、分身じゃねえんだろ⁉︎」


 ヴァンが十五万分の一に力を落としていると聞いたからこそ彼は噛み付いたのだ。そしてそれが罠だったと、勝手に結論づけていた。ヴァンはうんざりしながらも他の分身たちと交信する。


 わずか数秒で首都・アラムの上空は無数のヴァンで埋め尽くされた。


「……っ!」


 ラルドは絶望に染まる表情のまま硬直した。


「もういいだろ……。それとも、奇跡の十五万連勝でも目指してみるか?」

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