第09話「全ての猫耳は俺のもの」(過去編)

1.いざ、新婚旅行へ

 ***


『ヴァン・スナキアの行為は国家反逆罪に値する!』


 テレビから流れるアシュノット総理大臣の荒々しい声。


「ジル、そんなに何度もチェックしなくても忘れ物があったらすぐ取りに戻れるから」


 ヴァンはキャリーバッグを開いて中身を確認しているジルーナの背中に告げる。そして引き続き自分の方の準備を再開だ。と、いってもテレポートがある限り世界のどこからでもすぐに自宅に舞い戻れる訳だし、荷物なんて別に────、


「い、いや、ちょっとヴァン。今の聞いた?」


 ジルーナは画面に映る総理を見て目を丸くしていた。キャスターが国家反逆罪という日頃聞き馴染みのない罪の解説をしている。この国の最高刑である終身刑以外にないとても重い罪だそうだ。先日の競売事件は見事にその罪の要件に合致し、すぐにでも牢獄にブチ込めるとのことらしい。


「ヴァン捕まっちゃうよ……⁉︎ 呑気に旅行の準備してていいの⁉︎」


 ジルーナは親の背中に隠れようとする子猫のように俊敏にヴァンに駆け寄り、二の腕に掴まった。ヴァンはもう片方の手で彼女の頭を撫でる。ついにでに猫耳も触る。


「俺を捕まえて困るのは彼らの方だ。何もできやしないよ」

「そ、そっか……」

「大体俺をどうやって捕まておくんだ。どこからでも抜け出すぞ?」

「あー……」


 ファクター犯罪者の投獄は難しい。基本的には本土から百数十キロ離れた隔離島の刑務所に収監されることになっている。テレポートで抜け出そうとも転移距離が足りず海上で力尽きるというわけだ。だが、ヴァンなら一瞬でジルーナの隣まで舞い戻れる。実質ヴァンは犯罪に手を染め放題だった。


「大丈夫だよ。裁判にすらならないさ。俺の機嫌を損ねたくないって気持ちが勝つと思う」


 自分を犯罪者扱いするこの国が気に食わないとまた身売りを始める。ほとんどの人はそのパターンを恐るだろう。


「……じゃあさ、総理は何でこんなこと言ったの?」

「……確かに」


 ヴァンは競売事件を経て「ヴァン・スナキア夫人保護法」という無敵のカードを手に入れた。妻の心身を害したら即犯罪者、量刑・適用はヴァンの判断というイカれた法律である。総理の今の発言も「妻が傷ついた」と言えば適用可能である。その法律を作った張本人であるアシュノット総理がそれを理解していないはずがない。


「なるほど……。逮捕されるリスクを負ってでも先陣を切って俺を批判することで国民の支持を集めようとしてるな」


 国民は皆ヴァンの横暴な振る舞いに歯軋りしている。しかし表立ってヴァンを非難することもできずにいた。総理がヴァンと真っ向から戦う姿勢を示せば多くの人が彼を応援するだろう。


「た、逮捕しちゃうの? 私あんまり無茶してほしくないけど……」


 ジルーナはモジモジと指をこねる。自分たちの結婚がきっかけで誰かが逮捕されるなんてそれこそ彼女の心の負担になってしまう。


「分かってるよ。多分、ここで総理を捕まえてもかえって俺の反対派が勢いづくだけだ」


 あちらもそれを分かってやっているのだろう。そもそも保護法を作った時点でここまで見越していた可能性すらある。ヴァンを政権の地盤固めに利用するつもりだったのだ。もはや国民にとって英雄はヴァンではなく彼なのかもしれない。


 そして同時に、ヴァンが保護法を乱用しないように釘を刺す狙いもあるのだろう。ここでヴァンが総理を見逃せば、総理の発言より弱い敵対行為を罪に問うことは道理に合わなくなる。逮捕され難い立場を利用して「ここまではOK」というラインを国民に提示したのだ。さすが一国の長、侮ってはいけない人だ。ヴァンとしても恐怖政治を敷きたいわけではないので、これで国民が一定の安心感を得られるならそれでいい。


「総理のとこ……安穏党だっけ? そこが強いと困るんだよね?」

「それはそうだな。あそこが政権を握っている限り改革は進まない」


 国家の要たるスナキア家にはもはや後継が望めない。この国は一刻も早くスナキア家に依存した体制を変えなければならない。現状維持を望む安穏党をのさばらせるのは困る。とはいえヴァンが大暴れしたことによりしばらくはヴァンに反発する人々の票が集まってしまいそうだ。


「せっかくヴァンが選挙のとき頑張ってたのに振り出しに戻っちゃうね……」

「いいんだよ。前のやり方じゃどうせ間に合わなかったんだ。それに、今はもう俺の考えを反映してる政党がないし」

「え? 革新党ってところは? 応援してたでしょ?」

「あそこは経済面では俺と同じ考えだけど、国防はスナキア家に任せようってスタンスなんだ。勝たれると軍を小さくされる」

「そっか、それも困るね……」


 ヴァンが後継を作らなくても問題のない世の中にしよう、そう主張する団体はまだ居ない。ヴァンが後継を作るつもりのない変態として振る舞っていけばいずれ嫌でも脱スナキア派とでも呼ぶべき勢力が台頭してくるだろうが、当面は待つしかない状況だ。


「多分、国民たちはあえてスナキア家が必要な体制を維持して『早く後継作らないとみんな死ぬぞ』ってプレッシャーをかけてくると思う。我慢比べに持ち込むつもりだ。……こっちは別に後継を作るの我慢してるわけじゃないから、いつかあっちが折れることになるさ」


 英雄として引っ張っていく作戦から変態として圧をかけていく作戦に切り替わったことでヴァンの指針は大きく変化した。変わらないのはこの国の人たちを滅亡から救うという目標だけだ。


 ジルーナは悩ましげな表情でお腹をさする。


「……やっぱまだ赤ちゃんできないもんね。分かってたことだけどさ」

「まだ一ヶ月足らずだろ。普通の夫婦だってそんなにテンポよく進まないさ」

「うん。焦らずだね。私五、六十まで若いし」

「ずるいよなビースティアは……」


 ビースティアには成長が早く老化が遅いという特徴がある。十五歳程度で普通の人間の二十歳程度まで身体が成熟し、六十代まで若さを保つ。七十代で出産することも稀にだがあるほどだ。当面はヴァンだけが老けていくだろう。


「ねぇ、おばあちゃんになっても好きでいてくれる?」


 ジルーナは上目遣いで試すようにヴァンの顔色を伺う。ヴァンは壊れたおもちゃのようにガクガクと首を何度も縦に振った。


「当たり前だ。むしろ、おじいちゃんになっても尻尾を狙い続ける俺を許してほしい……!」

「そ、その様子じゃそうなる前に削れてると思います……」


 ジルーナは恐れ慄いていた。結婚してからというもの、彼女は日々ヴァンの性癖の根深さを一身に受け止めているのだ。老いてもなお猫耳と尻尾に拘る夫の姿を容易に想像できるのだろう。


「……まあ、何にせよ慌ててやらなきゃいけないことはないんだ。今はゆっくり旅行を楽しもう」

「うん! 出発しよっか!」


 二人はこれから一ヶ月をかけて世界中を飛び回る新婚旅行に向かう。小さい頃からお互い働き詰めだった。思いっきり羽を伸ばすことにしよう。





(リアル生活がバタバタしており更新が遅れております。細々続けていきますので今後もよろしくお願いします!)

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