12.報われる一家
***
現地時間十六時。妻たちがお手伝いを開始して約二時間が経過した。あらかたの業務を終えて、大ホールからは人の姿が消えた。
潰れた体育館の代わりになる避難所を探していた地元の職員たちと連絡が取れた。近くのオフィスビルが大きな会議室を三つ貸し出してくれたそうだ。小さい公民館も一つあるらしい。合計すれば百三十二名は充分収容できる規模になるとのこと。いずれもここから歩いて数分。移動は手間ではないし、必要ならヴァンが手伝う。
まもなくこの国の救助隊の準備も整う。この避難所で聴取した情報を元に物資を揃えてもらっている。当面の生活は問題ないだろう。テレポートで運べばすぐだし、ミカデルハまでの山道を塞いでいた大雪も全部魔法で吹っ飛ばしておいた。
ヴァンの尽力が功を奏し、ミカデルハ内に犠牲者は一人もいなかった。体育館が倒壊するほどの大災害の中で、ヴァンは一人残らず助けて見せたのだ。スナキア家の救助作戦は大成功と言えるだろう。
────一つだけ気がかりがあるとすれば、何をしているか不明のヴァン[X]だ。自分にも内緒にするという謎の行動。こちらから仔細を問うても「まだ明かせない」の一点張りだ。
しかしまあ、いずれ分かること。まず気にするべきは妻だ。そろそろ彼女たちを家に連れて帰らなければ。いずれTV局なんかもやってきてしまうだろう。
「みんなお疲れ様だね」
ジルーナが閑散とした空間を満足げに見渡した。母国の時間はすでに二十二時過ぎ。本当によくここまで頑張ってくれたものだとヴァンは思う。さぞくたびれたことだろう。フラムとヒューネットは抱き合って互いにもたれかかるように眠りかけていた。
「エルとユウノはどこ行ったです?」
「外で雪合戦してるみたいよぉ……。若さねぇ……」
一部例外も居た。むしろ達成感でハイになっているようだ。
「みんなありがとな。俺も助かったよ」
つくづく、良い妻を持ったとヴァンは感じ入る。毎日思っているが今日ほど強く感じたことはあまり多くない。何の見返りも得られないにもかかわらず、彼女たちは労力を惜しまず、それぞれできることを出し切ってくれた。
妻を帰宅させる前に、避難者たちに伝えたいことがある。ヴァンは伝声管に顔を向けた。
『あー、突然失礼します。ヴァン・スナキアです』
ヴァンは意を決し、発表する。今更隠しようがない故に、どうせなら正直に言葉にするのだ。
『お察しかもしれませんが、先程の女性スタッフたちは僕の妻です。……みんな美人だったでしょう?』
「ヴァンさん!」
ミオに叱られた。他のメンツもヴァンを睨んでいる。どう考えてもこれが一番言いたいことだったのに。ヴァンは顔を顰めつつも咳払いして一度リセット。
『……彼女たちは難しい立場にあります。身の安全を考えれば、僕の妻として人前に出てくるのはできれば避けてほしいところでした。しかし彼女たちは、少しでも力になれればと自ら参加を申し出ました。皆さん。……どうか、彼女たちの顔や名前が世間に触れないようご協力ください』
切々と言葉を紡ぐ。どうか、被災者のために尽力した彼女たちに、恩を仇で返すような真似はしないでほしいと願う。
数秒後。
避難所内に拍手の音が響いた。各個室の中で放たれた音が漏れ出し、大ホールにも伝搬する。少しずつその音は大きくなり、やがてうるさいほどになった。
「防音なんだけどな」
ヴァンは苦笑する。あらゆる面で強固に作った避難所が形なしだ。せっかくだから音への防御力を弱めてみる。すると拍手はつん裂くばかりに館内を共鳴した。
「……やったね」
「です」
「うん♡」
「えへへ」
妻たちはすでにくっついていたフラムとヒューネットを中心に抱き合って、喜びを噛み締め合った。彼女たちの尽力は見事に報われた。
『皆さん、ありがとうございます。……ありがとうございます』
ヴァンは伝声管に向けて繰り返した。国内ではいつも非難の的になってしまう彼女たちが、今は感謝の渦の中にいる。それが嬉しくてたまらなくて、むしろ助けてもらったのはこちらのような気さえした。
『彼女たちはここで退出しますが、僕は引き続き多方面で救助や復興にご協力します。……あの、僕のことは怖いかもしれませんが、お困りごとがあれば相談してください』
まだまだやるべきことはある。ヴァンは、感謝への感謝としてできる限りのことはするつもりだ。
────拍手。
再び巻き起こる拍手の音。次は、ヴァンへ向けたもの。
「……!」
避難者同士が呼応し、徐々に音量を増していく。世界の嫌われ者のヴァンに、割れんばかりの拍手が贈られた。
「は、ハハ……!」
思わず、笑みが溢れる。その顔があまりに緩んでいたようで、妻たちから笑い声が巻き起こった。
「ヴァンさん、良かったですね!」
キティアが声を弾ませた。ジルーナもミオもシュリルワも、さっきまで半分眠っていたフラムとヒューネットも、まるで自分が褒められたみたいに目をキラキラさせていた。
ヴァンは感動に押し潰されそうだった。なんせ────、
「頑張ったら感謝されるなんてウチの国じゃ体験できない……!」
いつもは報われていないのだ。
「か、かわいそうです……」
「私たちが可愛がってあげなきゃね♡」
ぜひそうしていただきたい。今日はこの勢いに乗って欲張りになろうと思う。
「本当にお疲れです。あたしたちも頑張りましたけど、ヴァンさんはその何千倍も何万倍も働いてたんですもんね」
「……いや、君たちも頼りになったよ」
────ヴァンは今日、何度も見せつけられた。
彼女たちは互いをよく知り、信頼し合っていた。
言葉を交わさずとも相手の考えていることを理解し、連携を取っていた。ヴァンが連絡係を務めなくても大抵のことはやってのけていたのではないかと思うほどだ。いつもはその連帯感をヴァンを支えるために生かしてくれていると思うと、頭が上がらない。
「さあ、帰ろう。軽く打ち上げでもやろうか」
ヴァンが提案すると、みんな揃って微笑んだ。
「エルとユウノ呼んでくるです」
シュリルワが体を避難所の出入り口に向けると、呼ぶまでもなく件の二人が駆け入って来た。
────様子がおかしい。二人とも髪を振り乱し、顔が全部見えなくても分かるほど焦っていた。
「ヴァン様!」
「雪崩だ!」
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