第05話「一家総出の救助作戦」
1.飛び込んだニュース
***
スナキア家の夜。第八夫人・ユウノの部屋。
「できたぜ!」
ユウノはコンロ下にある戸棚の手すりにかけられたタオルで手を拭き、伸ばした腕を天に掲げた。
「ありがとな、ユウノ」
夕食後の食器洗いを担当してもらった。本当はヴァンも参加したかったのだが、ユウノはしきりに自分がやると言い張った。徐々に家事に慣れ始めたのが嬉しいらしかった。一枚のお皿も割ることなく見事完遂である。
ヴァンは先に寛がせててもらっている。ソファーに腰掛けてぼーっとテレビを見ていた。昼間は分身して数多の仕事をこなすヴァンにとって貴重なリラックスタイムだ。
「ユウノ。ここおいで」
ヴァンは深く座り直し、足を大きく開いた。その隙間にユウノを迎え入れ、後ろから抱きしめるのだ。
「へへ、アタシそれ好きだぜ」
ユウノは風のように素早く現れ、ヴァンの腕の中にすっぽり収まった。無論、ヴァンもこの体勢が好きだった。ユウノの右肩側から首を出し、少し横を向いて彼女の顔を覗く。長いまつ毛。きめ細やかな肌。艶やかな唇。もはや性別すら超越し、神秘的でただただ美しい生物といったご様相である。そして生命力が強すぎるあまり入念にケアをしなくても常に完璧な状態を保てるチートボディーらしい。
ユウノはこてんと首を傾げ、おでこをヴァンの頬にくっつけた。
「今日もお疲れ、ヴァン」
夜はこうして妻と二人きりで過ごす。分身して八セット平行してだ。夕食を終えればいよいよお待ちかねのフリータイム。ヴァンは頬を離し、代わりに唇を当てる。
「……早速かよ。いいけどさ」
息の混じる声。ヴァンはユウノの背中を腕で支えながら、ゆっくりと彼女を押し倒す。真上から見下ろしたユウノは柔らかく目を瞑っていた。指と指を絡め、少しずつ顔を近づけていく。
『緊急速報です』
────テレビから緊迫感のある声。思わず二人とも視線を画面に向けた。新婚がイチャイチャしているのに邪魔をするなと思わず睨んでしまったが、映し出されていた映像を見てヴァンの背筋が凍る。
『ガミラタ国で大きな地震が発生しました。地震の規模を示すマグニチュードは6.9。最大震度は5強。多くの建物が倒壊するなど大きな被害が出ている模様です』
ユウノも息を飲む。
「こりゃ大変だな……」
ヴァンの下からするりと抜け出し、お行儀よくソファーに座り直してしまった。まあ仕方あるまい。こうして海外でも報じられるような大災害だ。震度だけで言えば超巨大地震という程ではないのだが────、
『現地は現在大雪に見舞われており、雪崩による道路の封鎖でミカデルハ市が孤立状態にあるとのことです。懸命な除雪作業が続けられておりますが、開通の目処は立っていない模様です』
最悪の天候が噛み合い、事態を悪化させているようだった。────これは放ってはおけない。
「ユウノ、俺行ってくるよ」
「行くって、ガミラタに……⁉︎」
ガミラタはここウィルクトリアから遥か彼方にある。飛行機で八時間といったところだろうか。しかしヴァンのテレポートなら一瞬だ。ヴァンは早速分身し、片方を孤立したミカデルハ市に飛ばした。現地ではさらに分裂し、様々な面で災害対応に協力するつもりだ。除雪も瓦礫の撤去も物資の運搬も何でもござれだ。
家に残った方のヴァンに、ユウノは懇願するような目で訴える。
「ヴァン、いっぱい助けてあげてくれよ」
「任せろ。……おあずけを食らったのが残念だけどな」
「それは……アタシもだけどさ。今はもうそんな気分になれねぇや」
「わかってる」
ヴァンはユウノの頭にポンと手を乗せて撫でくりまわす。本当に本当に口惜しいが、こうなってしまうとヴァンもそれどころではないのだ。
「ユウノ、悪いが他の分身と連絡取るぞ」
「あ、ああ。別にアタシはいつも構わねぇぞ」
夜は別の部屋で他の妻と過ごしている分身と交信しない決まりになっている。それぞれが目の前の妻だけに集中するためだ。しかしこの緊急事態ではそんなこと言っていられない。
「……他の部屋でも同じニュースを見てるな。ユウノ、ジルが『一階のダイニングに集合しよう』と」
「へ? なんで?」
この家には「緊急時には全員集合する」というルールがある。ユウノはまだ知らなかったようだ。
「俺が大規模分身で災害救助に参加していることはすぐこの国でも報じられるはずだ。となると、俺がそちらに魔力を割いている内に君たちに良からぬことを働こうという輩が現れるかもしれない。もちろん家にも残って護衛するが、全員まとまっていてくれると守りやすいんだ」
「よ、良からぬことって?」
「誘拐……だな」
「あー、それかよ……」
ヴァン自身は世界中の軍隊を集めてもビクともしないため、ヴァンの大切な存在である妻を人質にして交渉材料として利用するという手段を取ろうとする輩がいる。先日の総理の件もその一例だ。ヴァンが災害救助に集中している時間をチャンスと捉えられるかもしれない。
「でも、アタシらに手を出したら国を捨てるって宣言してただろ? この前も結局下着泥棒だったじゃねえか」
「あー、『攫いはするが手荒な真似はしない』っていうグレーなやり方があってな……」
「ん? どういうこと?」
「例えば、高級ホテルに軟禁して何でも食べ放題、施設使い放題の接待漬けにするとか……」
「そ、それなら攫われてもいいぞアタシ」
以前、誘拐されたジルーナとミオを救い出したら高級エステをしこたま受けて綺麗になっていたことがある。二人とも大喜びしていたためヴァンは怒りのやり場を失い、犯人を逮捕するだけに止まった。それが悪しき前例となってしまったのだ。
「攫われたとしても魔法ですぐ見つけ出すから、まあ心配はしないでくれ。いざとなったらアレで連絡取れるし」
「あー、じゃあ大丈夫だな」
ヴァンと妻は秘密の連絡手段を持っている。拘束されていようがお構いなしに使える魔法の手口だ。二十四時間体制で軍に常駐しているヴァンに助けを求めれば一瞬だ。
実態としてスナキア家に隙はない。しかしそれを知らずに侵入してくる不届者を一応警戒しておく必要がある。同時に災害にも対応しながらだ。ちょっと骨が折れるが、妻のためなら何のそのだ。
二人は立ち上がり、一階へ足を向けた。
「ヴァン。その、アレだ。尻尾触っていいぞ!」
「ん?」
「いや、お前を応援したいんだけど、お前が喜ぶのってそれくらいしかなさそうだからさ」
「あ、あるぞ。他にも色々……」
それではまるで性にしか興味がないド変態ではないかとヴァンはむずかる。だが、よくよく考えるとやはり一番嬉しいのはそれだった。ヴァンは遠慮なくユウノの尻尾の根元を撫で上げた。
「ひゃぁっ!」
ユウノの口から普段より三トーン高い声が漏れた。頬を染めつつ、弱々しくも切実な抗議の瞳でヴァンを責める。
「いきなり根本はやめてくれよぉ……。神経がいっぱい集まってるからゾワってするんだぞ?」
「知ってて触った」
「……えっち」
ヴァンはまだ若干、昂っていた。
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