7.やはり噛み合わない二人
***
ミオは、死ぬほど反省していた。
さっきの自分の態度は酷い。酷すぎる。興味皆無のスポットに付き合いで連れて来られたことを差し引いたとしても、あんなに露骨につまらなそうにすることはない。
────何であんなに自由に振舞ってしまったのだろう。ミオは自分でも不思議だった。バッティングとやらがまるでできずに拗ねてしまった。百歩譲ってそんな子供っぽいところがあるのは認めよう。でも普段の自分ならそれを表に出すだろうか?
「……ミオ姉何にすんの?」
テーブルの正面に座るユウノは、メニューに目を向けたままで問いかける。二人はこうしてランチを食べにレストランに来てみたが、ろくに会話が弾まない。
「ど、どうしようかしらぁ……。ユウノちゃんはぁ?」
ミオはユウノの出方を伺っていた。このランチを挽回の機会にしたい。会計はこっちで持つつもりだ。ミオはかつて政府関係の仕事をしていたので蓄えはある。だが、ユウノがどれだけ食べるか計り知れない。まずはユウノ側にいくらかかるか確認しなければ。
「アタシはカツ丼定食六つ」
「六つ……?」
「と」
「と?」
「チーズカツ丼定食三つ」
「待って」
「あとオムライス八つ」
「待って!」
「あ、ピザも七枚いっとくか」
「いかないで!」
「んでスープ代わりにカレー二つ」
「飲み物じゃないでしょう⁉︎」
「あとデザートは────」
「も、もう……」
ユウノの胃袋は異次元だった。ミオは慌てて合計額を確認する。────完全に予算オーバーだった。
家庭の事情でクレジットカードは持っていない。この国でスナキア姓を持つのはこのスナキア家のみ。「ミオ・スナキア」という名前を見られるわけにはいかないのだ。頼れるのは財布に入っている現金だけ。多めに入れてはあるものの、数十人分の食事には太刀打ちできない。ランチを奢って挽回作戦は完全に頓挫した。
「……お、お姉さんはサンドイッチでいいわぁ」
自分の注文を低予算に抑えてももはや意味はないが、ユウノの注文を聞いただけでお腹いっぱいになってしまった。
「ていうかユウノちゃん、お金足りるぅ?」
「ああ。あいつが『食費は絶対に遠慮しないでくれ』ってたんまりと……。マジで助かるぜ……」
夫は世界一の富豪だ。スナキア家は代々国防協力金という形で政府から莫大な報酬を貰っていた。ヴァンはそれを辞退しているものの、過去の当主が築いた財産は相続している。さらに、ヴァンは日々何百人分も働いている。
「……そういえばユウノちゃんがウチに来てから予算が増えたわねぇ」
ヴァンは八人の妻それぞれにきっちり同額の生活費を用意している。ユウノにかかる莫大な生命維持費とのバランスを取るため、他七人への割り当ても増額されたらしい。
「助かるけど……何か悪いよな。アタシあんな大金貰えるほどアイツに何かしてやれてんのかな」
「尻尾触らせてあげたらそれで満足なんじゃない?♡」
「い、いや……確かにアイツ変態だけどさ……」
「……まあそれは冗談として。ユウノちゃんも結婚してすぐお話聞いたでしょ? ヴァンさん、単に生活費を渡してるだけじゃなくて、遺産の前払いのつもりなのよぉ」
「……何だそれ、聞いてない」
「た、多分聞いたと思うけどぉ。……ほら、もしあの人の身に何かあったとき、私たちどうなるかわからないでしょう? きっと国の人たちは私たちのことをスナキア家の人間として認めないと思うしぃ、財産を相続するなんてさせてくれないだろうから、生きてる内にって」
「んー、そっか……」
「無駄遣いしないようにしましょうね」
「そうする。……メシは食うけど」
ユウノが苦笑いするので、ミオも釣られて笑った。
「アイツが死んじゃうのヤだな。……つーか誰が欠けてもヤダ! あれ、何か怖くなってきちまった!」
「あ、あら、暗い話してごめんねぇ! み、みんなで長生きして可愛いおばあちゃんチームになろうねぇ!」
ミオはまた反省した。ただでさえこのお出かけは上手くいっていないのに、話題のチョイスまで間違えた。何か明るい話題を提供しなければ。
しかし、先に口を開いたのはユウノの方だった。
「あ、そういやデステニーランドのチケット取ったんだったな!」
ユウノが朗らかに告げる。努めて明るくするように。先を越されてしまったとミオはまたまた反省する。
────そして、ユウノが勝ち取ったチケットの件を思い出して、突然合点がいった。自分の奔放な振る舞いの理由に。
ユウノが頼もしくて格好良かった。そのせいか、ミオはまるでヴァンと二人で出かけているときのような、デートの気分になってしまったのだ。
夫は毎回「さあ全力で楽しんでくれ」と意気込んでデートプランを仕込んでくる。結婚初期はファッション誌で得た知識をそのまんま出してくる拙いものだったが、今やすっかりもてなし上手だ。ミオは変に遠慮せず、全力で楽しませてもらう側の振る舞いをするのが礼儀だと思っている。多少わがままを言って困らせてもヴァンはそれをむしろ楽しむかのように頑張ってくれるので、躊躇わずぶつけることにしているのだ。
ヴァンに向ける用の態度をユウノに引き出された。それがミオの敗因だった。
「……お、恐ろしい子……!」
「な、何だよ急に……?」
ユウノにはやたらと人を惹きつける謎の魅力があった。相手は男女を問わない。当の本人には自覚がないらしい。
ユウノは今日、楽しませてもらう側になりたかったはず。ミオがやったことは真逆だ。
「で、いつ行く?」
「え……私でいいのぉ?」
「い、いや、ミオ姉のために取ったんだぜ?」
求められていた役割を果たせず、お詫びにご飯を奢ることもできず、その上チケットまで頂いてはもう立つ瀬がない。それなのにユウノはミオを誘ってくれた。何だか、お姉さんはむしろユウノのような気がしてくる。
しかし、せっかくまたお出かけの機会をもらえるならそこで挽回だ。
「先にパレードの日程調べてみない? 季節によって違うでしょう?」
「え……? アタシパレードは興味ねぇな。絶叫系にガンガン乗りたい」
「あ……お姉さん絶叫系苦手なの……」
「そ、そっか……」
────問題はやはり、二人の趣味が全く合わないことだ。
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