6.何を着たって可愛くて
***
「ティア……もうビルごと買い占めよう……!」
ヴァンは決意した。もうその方が手っ取り早い。このビルにある服は全部キティアの物だ。
「もう、落ち着いてくださいよ……」
試着室の中からキティアの呆れたような声が漏れ聞こえる。しかしヴァンの鼻息はまだまだ荒かった。
「何を着ても可愛い君が悪いんだ……!」
「フフ、まあ、それほどでもあります」
先ほどからキティアによるファッションショーを楽しませていただいている。ガーリー系、トラッド、モード、ストリート、綺麗目にコンサバ。ありとあらゆるジャンルを試し、その全てが可憐だった。何を着ても生まれつきそれを着ていたのではないかというほど似合っていた。
かつてヴァンが熟読したファンション誌のデートハウトゥーには、「買い物に延々付き合わされても嫌な顔をしてはいけない」と記載されていた。しかし、ヴァンは今それを意識しているわけではない。そもそも嫌がる奴の気がしれない。前頭葉にバグでも抱えているのではないかと思う。好きな子が色んな服装を見せてくれる時間の何が苦痛だというのだ。ビルごと買い占めたくなるのは自然な発想だろうが。
「ヴァンさん? そんな無茶なことしたらすぐ噂が回ってニュースになっちゃいますよ。『例の変態、妻のために散財!』って見出しが目に浮かぶようです」
「クッ……!」
彼女の予測は恐らく正しい。ただでさえ国民に望まれない結婚。妻にジャブジャブお金を使っていると知られればメディアは大騒ぎだ。
「この前の『テツカの部屋』以降ヴァンさん叩きが加速してるんですから、しばらくは大人しくしてください」
キティアにしっかり諌められ、ヴァンは小洒落たチェアーの上で小さくなる。買えるのに、全部。ヴァンが連日幾多の仕事をこなすのは国のためでもあるが、妻たちに贅沢して暮らしてもらいたいからでもある。服でも化粧品でも何でも、妻が欲しい物は何だって買ってあげたい。だが、妻たちは倹約家だった。
「あ、ヴァンさん」
キティアは試着室のカーテンの隙間から手を出す。
「ちょっといいですか? 背中のファスナー上げてほしくて」
「届かないのか?」
「いいえ。サービスです」
ヴァンはまんまと目を輝かせ、試着室の中に飛び込んだ。ファスナーなんていくらでも上げたいし、その倍、下げたいという願望もある。キティアはドレッシーなタイトワンピースに身を包み、背中の肌を露わにしていた。
「……背中見れる程度ですっごい食い付きましたね。いっつも裸見てるでしょうに」
「いくら見ても足りないんだ」
「おぉ怖……」
キティアは怯えるように両肩を抱きつつも、ヴァンがファスナーに伸ばした手を無防備に受け入れた。着心地と見栄えを確認するようにその場で鏡を見ながらくるりと一回転。その動きだけでまるで洗練された踊り子のようで、何なら良い匂いも漂ってきた。
「どうです⁉︎」
気に入ったようで、嬉しそうにヴァンに意見を求める。
「ダークブラウンか。今の髪色と馴染んでるし、あとアイシャドウの色とも合わせたんだな。すごく似合ってるというか、能動的にマッチさせにいってるところが流石だなと思う。全体的に大人っぽい雰囲気だけど、差し色で入れたその細いベルトが新鮮味を加えてて、ティアの年頃に対してはこれが最適解なんじゃないかと思うほどだ。あと尻尾が出てるのは最高だ」
ヴァンはつらつらと感想を述べた。その饒舌ぶりに、キティアは戸惑っていた。
「ヴァンさん、あの、めっちゃ気分は良いんですけど……。さらっと『可愛いな』くらいでもあたし結構満足ですよ? 別にそんなに毎回頑張ってもらわなくても」
ヴァンはこれまでにキティアが披露した全ての服装に対して、これと同等かもっと長い感想を伝えていた。しかも内容に被りはない(尻尾のくだりは除く)。
「いや、自然と出てくるんだよ」
「あー……すごいなこの人は。あたしのこと好き過ぎだ」
「いいことだろ?」
「…………うん。えへ、嬉しい」
キティアはヴァンの胸元にくっついた。ヴァンは彼女の髪型を崩さない程度に頭を撫でる。さりげなく猫耳の手触りも頂いた。
「もう、そこじゃないでしょ?」
バレたし怒られた。キティアは顔を上げ、目を閉じる。ムッと結んだ口を差し出す。
試着室の中とはいえヴァンは周囲を一旦警戒。自分も目を瞑り、柔らかく唇を合わせた。歯止めが効かなくなりそうなので軽めにだ。
「……えへ、実はあたしも結構ヴァンさんのこと好きなんですよ」
キティアは秘密を打ち明けるみたいなトーンではにかんだ。とっくに気付いていたさ。こんなややこしい条件の男と結婚してくれたくらいなのだ。
キティアはもう一度鏡を見つめて回転。ヴァンの感想を受けて最終確認だ。
「このワンピースにします! あとは二番目に着たスカートですかね」
「それだけでいいのか? あんなに色々着たのに」
「必要なものだけを的確に。それが正しいお買い物です。……やっぱり服を買うなら海外に限りますね。国内は品揃えが良すぎて流石のあたしでも迷っちゃいます」
さっぱりとした表情で言い切った。他の服だって随分気に入っている様子だったのに。買うかどうか迷うくらいの物は全部買ってしまえばいいのだ。やはりビルごと────、
「ビルの買い占めなどもってのほかなんですよ、ヴァンさん」
改めて釘を刺された。買えるのに。
ヴァンが依然不満そうにしていると、キティアはやれやれとばかりに肩をすくめた。
「何にも着てないのが一番好きなくせに」
言い捨てられ、ヴァンは一考する。
「……いや、着たままってのもアリかもしれないな」
「ちょっと! これ以上変なフェチ抱えないでくださいよ?」
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