第43話 返事(表)
瓶落水
僕たちは一部を除いて、すっかり平常運転に戻っていた。
ただ、その一部には僕も含まれている訳で……。
「沖田君。もう一杯」
「飲みすぎだから駄目です」
「まあ、そう言わずに」
「駄目なものは駄目です。工廠のお偉方に、また酒臭いままお会いになるつもりですか?」
「う……そう言われると……」
グラスを引っ込めるしかない。
でも、飲まないとやっていられないんだよ。
あの一件は、ナナさんが気絶したのに四進さんが驚いた拍子に術が解けたっぽい六郎兵衛によって四進さんが気絶させられたことで解決したけど、僕の気持ちの整理が全くつかないんだ。
まあ、その原因の一つは……。
「まぁまぁ、沖田ちゃんも固いことを言わずにぃ。はい、小吉さん。もう
「あ、頂きます」
今も居座ってる四進君。
どうもこの人、僕の近くにいれば六郎兵衛に会えると思っているらしく、あの一件以来僕の傍から離れてくれないんだ。
もっともそのせいで……。
「四進さん。ちょっと、いえ少し……いえいえ、だいぶ、小吉様に馴れ馴れしいんじゃありません?」
「ええぇ? そぉ?」
「そうです。小吉様も困っていますから、もっと離れてください」
天音君が殺気立ってる。
どうやら天音君は、先の一件で四進君を敵だと認識したようだ。
まあ、それも仕方がないか。
なんせ天音君は、地華君とともに彼女に操られた80人以上の兵と大立ち回りをする羽目になったんだから。
「もぉ、せっかく私がお酌してあげようと思ったのにぃ……。あ、もしかしてぇ、天音ちゃんたら羨ましいのぉ?」
「べ、べつに羨ましい訳では……」
ない……。
と、消え入りそうな声で続けた天音君は、僕をチラリと見てすぐに目をそらした。
まあ、そりゃそうだ。
僕みたいな非モテの50年物童貞のお酌をしたいなんて思ってくれる女性は希。
それこそ、「衣食住の面倒を見てくれるならぁ、お酌くらいはしてあげるぅ♪」と言って実際にそうした四進君くらいだよ。
「そ、それより! 地華から聞いたのですが、小鬼の術を未だに封じているのは何故ですか?」
「封じてるぅ? 私がぁ?」
「あなた以外の誰に、そんなことができると?」
え? ナナさんって、まだ術を封じられてたの?
僕の告白が気絶するくらい嫌すぎて、あれ以来、僕の前に姿を現さないナナさんがそんな状態だなんて、今の今まで全く気にしてなかったな……。
「最初はともかくぅ、今は七郎ちゃんの術を封じてないわよぉ?」
「ですが、今も小鬼は術が使えなくなっていると……」
「それぇ、たぶん私のせいじゃないわぁ」
じゃあ、何が原因だ?
ナナさんの術は感情を糧にしている。
それは間違いない。
四進君の言葉を信じるなら、原因はナナさん自身に……いや、僕のせいと言えるかもしれない。
もし、ナナさんが術を使えなくなった原因が僕の考えている通りなら……。
「まるで、百鬼丸だな」
「ヒャッキマル? 小吉様、それはどなたですか?」
「簡単に言えば、妖怪に身体のあちこちを奪われた人。かな」
「それはなんとも、不幸な人ですね。ですが、その人と小鬼にどんな共通点が?」
「百鬼丸は妖怪を倒す度に身体の一部を取り戻していくんだけど、その代償として身体が欠損していた時の強みを失っていくんだ」
例えば、痛覚を取り戻したことで痛みを恐れるようになったりって感じでね。
この時代にウィキペディアがあれば、続きはウィキで調べてと言えるんだけどなぁ。
「ですが、小鬼は五体満足ですよ?」
「身体はね。でも、感情はどうだろうか」
「感情? ああ、そういう……」
こと。
ナナさんは感情が稀薄だった。
まあ、僕の主観だから実際は稀薄と言うほどじゃあないんだろうけど、表に出せるほどの感情は無かった……というより、表に出せるほど強くなかったんじゃないだろうか。
だけど僕と……僕たちと過ごす内に、人並みに感情が強くなったんじゃないかな。
それこそ、表情や声に乗せられるほどに。
その結果、ナナさんは普通の人のように、ことあるごとに感情を発露させるようになってしまって術が使えなくなったんだと思う。
四進君に術を封じられたのは、その切っ掛けでしかないんだ。
と、仮説を話したら……。
「なるほどねぇ。それじゃあ、術が使えなくなるのも当然だわぁ。うちもそうだけどぉ、人並みに感情を表に出すのは、術の源である悪感情を溜めるのとは真逆の行為だものぉ」
「つまり、乗り物に例えるなら、小鬼は燃料切れを起こしていると言うことですか?」
「そう言うことぉ。それに加えて、感情を表に出すことを覚えちゃったせいで、溜め方が思い出せなくなっちゃってるんだと思うわぁ。例えばぁ、自転車に乗れるようになったら、乗れなかった時の感覚が思い出せなくなる感じよぉ」
と、四進君が僕の仮説の裏付けと補足をしてくれた。
さすがは元同じ一族。
最初から僕が話すんじゃなくて、素直に聞いておくべきだったな。
「ねぇ、小吉さん。七郎ちゃんがそんな状態になってるのならぁ、行ってあげた方が良いと思うんだけどぉ?」
「い、いや、僕が行ったところでどうにも……」
ならないんじゃないかな。
いやむしろ、僕が行けば今よりナナさんの状態が悪くなるかもしれない。
「告白の返事、まだ聞いてないんでしょぉ?」
「そうだけど……」
フラれるに決まってるじゃないか。
それどころか、すでに顔を合わせたくないほど嫌われてるんじゃない?
だって実際、あれから一度も僕の前に姿を見せてないんだし。
「油屋大将。わたくしも、会いに行かれた方が良いと思います」
「でも……」
「あなたが女性にフラれ続けたせいで、女性に対して卑屈になっているのは理解していますし、同情もしています。ですが……」
何さ。
沖田君が言った通り、僕は女性に対して卑屈になっている。
それは認めるよ。
でもさ、僕はそうなっても仕方がないような経験をしてきたし、言われてきたんだ。
「七郎次は、あなたに惚れていますよ。だから恐れずに、向き合ってやってください」
「そ、そんな訳……」
ないじゃないか。
だって、もう何度も言ってるけど僕はモテないんだ。
沖田君が言ったのと同じような台詞を友人に言われて、鵜呑みにして調子に乗った挙げ句、晒し者にされたことだってある。
まあ、ナナさんはそんなことをしたりはしないだろうけど、どうしても過去のトラウマのせいで信じきれないんだ。
「小吉様。小鬼は私たち姉妹にとって、もっとも恐ろしい敵です。この意味が、おわかりになりますか?」
「えっと、それは家同士のいざこざ的な……」
「違います。あなた様の正妻の座を奪い合う上での敵です。正直に申しますと、ここであなた様の背中を押すのは小鬼に塩を送るのと同じ。ですが、卑屈になって酒浸りになっているあなた様を見ていたくはないのです」
だから、行けと?
行って、ナナさんからハッキリと告白の返事をもらってこいと?
それは告白が成功したことがない僕にとっては、戦争を終わらせるよりも難しいと思える難題なんだけど……。
「行くしか、ないか」
いや、行かなきゃ駄目だ。
仮に、フラれると確定していたとしても、僕はナナさんに好きだと言った。
僕は好きだと言った手前、その答えを聞きたいし、聞く義務がある。
「いや、小難しく考えるのはやめよう」
僕はナナさんの顔が見たい。
声が聞きたい。
また小吉と呼んで欲しいし、触れてもらいたい。
だって僕は、嫌われるのを恐れて酒浸りになるほど、彼女のことが好きなんだから。
「じゃあ、行ってくるよ」
「はいはぁい。いってらっしゃぁい」
「この沖田、油屋大将の武運長久をここでお祈りいたします」
「もし袖にされたら、私と地華が慰めますので安心して行ってきてください」
「ははは、ありがとう」
最後に不穏な台詞が交じっていたけど、僕はフラフラする両足に鞭打って部屋を出た。
今世での僕にとって、生まれて初めての告白の返事を聞くために。
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