第36話 和解(裏)

 




 暮石家の人間は我慢強い。

 物心がつく頃から始まる肉体的、精神的拷問に耐える過程で我慢強くなるんじゃなくて、生まれた時から我慢強いの。

 あたしは普通だったらしいんだけど、兄様は一歳になる頃には、餓死寸前まで飲み食いさせなくても一切泣かなくなってたそうよ。

 でも、その代わりかどうかはわからないけど、あたしは兄様より痛みに強い。

 デカ女が転げ回りながら泣き叫ぶくらいの怪我をしてても、あたしは何食わぬ顔をして普通に行動できるわ。

 それなのに……。


 「ねえ、小吉……」

 「動いちゃ駄目。最低でも呉に着くまでは絶対安静」

 「あ、はい」


 下半身を重点的に添え木と包帯で雁字搦がんじがらめめにされて、薬臭い部屋のベッドに寝かされてる。

 さすがにこの拘束は、関節を外したくらいじゃ抜け出せないわね。

 

 「療養中の世話は歌ちゃんがしてくれるから、安心して休んでて」

 「でも、あたしは小吉の護衛だし……」

 「僕もできる限りここに居るようにする。それに、龍見姉妹が常に側にいてくれるから大抵の事はなんとかなるよ」

 「それ、あたしは要らんってこと?」

 

 あたしは、頭に浮かんだ素朴な疑問を、何の気なしに言っただけのつもりだった。

 でも、小吉は必要以上に重く受け取っちゃったみたい。

 真剣な顔をして、まっすぐあたしを見てくれてるわ。

 

 「ナナさん。君は僕にとって大切な人だ。だから、君が要らなくなるなんてことはない。だけど今は、療養が必要だろう?」

 「いらん。これくらい、なんぼでも我慢できる」

 「駄目だ。軍医長の診察では、両足は折れる寸前で全身の筋肉も痛んでいる。無理をすると、取り返しのつかないことになる」

 「べつにええ。小吉を護るためなら……」


 体はいくらでも酷使する。

 肉が裂けても、骨が砕けても良い。

 その結果、普通の生活すら満足にできなくなってもかまわない。

 だって体が動かなくても、術は使えるんだから。


 「君の仕事に対するストイックさは尊敬するし、頼もしいと思っている。でも今は、体を癒すことに専念してくれないかい?」

 

 そう言いながら、小吉はあたしの右手を握ってくれた。

 駄々をこねるつもりはなかったのに、なんだかそうなっちゃったわね。

 だったら、駄々こねついでに……。


 「じゃあ、命令して」

 「命令?」

 「そう。大人しく寝てろって命令して」

 「それはかまわないけど……」


 本当に良いの?

 って、感じかしら。

 良いのよ。

 あたしは小吉のモノなんだから、遠慮せず命令して良いの。

 と言うかして。

 だって……。


 「デカ女には、三回も命令したじゃろ?」

 「したけど……」

 「じゃけぇ、あたしにも命令して。デカ女だけズルい」


 あたしがそう返したら、小吉は困ったような顔をして左頬を掻いた。

 もしかしなくても、困らせちゃった?

 だったら、口惜しいけど……。


 「迷惑なんなら、せんでもええ」

 「迷惑なんかじゃないよ。ただその……君は僕なんかに命令されても良いの? 確かに僕は、君の雇い主だけど……」

 「ええよ。小吉の命令なら、何でも聞いちゃげる」

 「そう? じゃあ、命令だ。呉に着くまで大人しくしていなさい」

 「うん、わかった」

 

 ああ、やっぱり小吉に命令されるのは良い。

 体に力が漲ってくるし、何でもしてあげたい気持ちが大きくなっていく。

 体の痛みも軽くなった気が……してたのに。


 「それも一時じゃったなぁ」

 「んだよ。オレが話し相手じゃ不満か?」

 「不満」


 小吉と二人きりで過ごす時間は、一時間も続かなかった。

 龍見の白い方と歌に拉致されて、小吉はどこかに連れて行かれちゃったわ。

 しかも嫌がらせのつもりなのか、龍見の口が悪い方を残して。


 「そう邪険にすんなよ。オレはこれでも、お前のことが気に入ってるんだぜ?」

 「なんで?」

 「お前はオレの槍を避けるくらいすばしっこいし、歌のためにそんなになるくらい仲間想いだ。そう言うところが気に入ってんだよ」


 仲間想いとは違う気がする。

 確かに歌が苦しめられて腹が立ったけど、あたしはあくまで小吉のために戦った。

 だって、歌が元気になれば小吉が喜ぶじゃない。

  

 「そう言えば歌が世話をしてくれるって聞いちょったのに、なんでアンタが残ったん?」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     

 「お前とは腰を据えて話してみたかったから代わってもらったんだけど……やっぱ、先祖の仇とは仲良くできねぇか?」

 「べつに気にせん。アンタの方こそ気にならんの?」

 「姉ちゃんは気にしてるっぽいけど、オレは気になんねぇな。だってうちと暮石が争った原因はうちにあんだから」

 「そうなん?」

 「なんだ、知らなかったのか?」

 「逆に聞くけど、知っちょると思う」


 思わないでしょ?

 実際、「まあ、そりゃそうだ」って言って呆れてるじゃない。


 「明治政府が成立して少し経った頃だったか? うちのご先祖は何をとち狂ったのか、何かの仕事をきっかけに政府に食い込もうとしたらしくてよぉ」

 「それで調子に乗りすぎて、陸軍から反感を買ったん?」

 「まあ、そういうこと。それで差し向けられた刺客が、お前のご先祖だったって訳さ」

 「ふぅん」


 じゃあ、コイツのように気にしないのが正しいわね。  

 だって原因は龍見にあるんだし、うちのご先祖様は仕事をしただけだなんだから恨まれる筋合いはない。

 恨むなら、依頼した陸軍を恨むべきだわ。


 「そんで前の戦争の時に、陸軍に抱えられてる暮石は戦争で忙しいだろうと踏んで、オレらの代で一気に政財界に食い込んだんだ」

 「へぇ」

 「興味、無さそうだな」

 「うん。ない」


 わかってるでしょ?

 だから、「だろうな」って言いながらため息をついたんじゃないの? 


 「会話が続かねぇ。小吉の大将は、どうやってお前との会話を続けてるんだ?」

 「さあ?」

 「さあって……。小吉の大将とはまともに話すんだろ?」

 「話すけど、あんまり変わらんよ?」

 

 基本的に、小吉の話にあたしが相づちを打つだけ。

 今のあたしとアンタの会話と大差ないわ。

 違いがあるとすれば、あたしが幸せな気持ちになるのと、会話が止まっても小吉が退屈そうにしないことかしら。


 「じゃあ、オレと仲良くしたくねぇから、そんな態度ってわけじゃねぇんだな?」

 「違う」

 「よし、なら良い」

 「何が良いの?」

 「お前とオレは仲良くできる。それがわかった」


 あたしはわからん。

 そもそも、どうしてアンタと仲良くしなきゃいけないの?

 確かにアンタとは喧嘩ばかりしてるけど、それはアンタが突っかかって来るからであって、あたしは喧嘩する気なんて最初からないのよ?


 「とりあえず、お互い名前で呼び会うとこから始めようぜ」

 「そりゃあ構わんけど、あたしはアンタの名前を知らん」

 「なんでだよ。初めて会ったときにちゃんと名乗ったろ?」

 「覚えちょらん」

 「うわ、マジかコイツ。小吉の大将や歌だってオレを名前で呼んでるんだぜ? なのに、なんで覚えてねぇんだよ」

 「興味がなかったから」


 今までは。

 でも今は、仲良くしなきゃいけない理由はわからないままだけど、あたしと仲良くしたいって言ってくれたアンタに興味が湧いてるわ。


 「じゃあ、改めて名乗るぞ。オレは地華だ。良いか? 地華だぞ? 覚えたか?」

 「覚えた」

 「本当か?」

 「うん」


 本当よ。

 だから、そんな疑わしそうな目で見ないで。

 いくらあたしでも、たった二文字くらいすぐに覚えられるんだから。


 「ミカじゃろ?」

 「ミじゃねぇ」

 「じゃあ、シャカ?」

 「悟りを開いた覚えはねぇなぁ」

 「シカ」

 「最近食ってねぇなぁ。呉に着いたら一狩りすっか?」

 「だったらイカ」

 「煮ても焼いても旨ぇよな……って、お前、わざとだろ」

 「うん」

 「テメェ……」


 お? 襲ってくるかな?

 と、少し身構えたけど、地華は槍を肩にかけたまま「ニシシ♪」と嬉しそうに笑って……。


 「食えねぇ奴だな、ナナは」


 と、言いながらあたしの頭を手荒く撫でた。 

 痛くて全く気持ちよくなかったけど、あたしは地華の手を振り払わずに、「痛いけぇやめぇ」とだけ言ったわ。 

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