第35話 和解(表)

 




 これ、どうしよう。

 ナナさんに、大和に体を貸してあげてってお願いして、ナナさんは貸してあげたみたいなんだけど、その途端に……。


 「いぃぃぃぃたぁぁぁぁいぃぃぃぃ! 痛い痛い痛い痛い痛いいぃぃぃぃたぁぁぁぁいぃぃぃぃ!」


 などと泣き叫びながら、ナナさんは床を転げ回り始めた。

 何と言うか……残念だ。

 スカートが捲れてふんどしが丸見えだし、上も捲れて下乳辺りまで見えちゃってる。

 なのに、エロくない。

 残念なエロさだ。

 ナナさんの顔が、転生前に読んだホラー漫画の登場人物のように「ギャァァァ!」って言ってそうな顔だからなのか、エロさを全く感じないんだ。

 いや、エロいと思っちゃ駄目なんだよ?

 駄目なんだけど……ほら、好きな子のあられもない姿って、脳内じゃ飽きるほど妄想するものじゃない?

 それが目の前にあるのに、微塵も興奮できないのが何だかやるせなくてさぁ……。


 「あなた! こうなるとわかっていて体を貸したでしょ!」


 おっと?

 ナナさんが誰かに、大声で抗議を……って、ナナさんな訳がないな。

 今のは大和。

 大和が、ナナさんに抗議したんだろう。


 「え? ざまぁ? やっぱりわかってたんじゃないですか! って言うか、この痛みって何なんです!? 足は破裂しそうなくらいバックンバックン言ってますし、背骨も焼けるように痛いじゃないですか! え? 私のせい? 何もしてないです! あなたが追いかけて来たから逃げただけです!」


 え~っと……。

 どうやら、ナナさんと大和は脳内で会話してるみたいだ。

 幽霊的なモノに憑依された人を見るのは初めてだけど、こんな風に会話が可能なの?

 と言うかそもそも、どうしてナナさんは、大和が転げ回るほど体を痛めてるの?


 「あの、大丈夫?」

 「だいじょばないですよ! この人、こんなに体が痛んでるのに平気な顔してたんですか!?」

 「そんなに酷いの?」

 「酷いです! できることなら、ここから飛び降りて楽になっちゃいたいくらい痛いです!」


 なるほど、死んだ方がマシだと思えるほどの痛み……か!?

 それって、普通に大事おおごとなんだけど!?

 

 「すぐに医務室に運ぼう。立つことは可能かい?」

 「無理ですぅ……」


 あ、可愛い。

 涙目で「無理ですぅ……」って訴えるナナさんを抱き起こした途端に、意識を持っていかれかけたよ。

 OK、冷静になるんだ小吉。

 今、目の前にいるのはナナさんであってナナさんじゃあない。

 中身は大和だ。

 普段とのギャップが物凄いせいで威力が二乗倍になってるけど、中身はナナさんじゃないんだから冷静に対処でき……。


 「痛い……。痛いよぉぉ……」

 

 あ、無理。

 僕の胸に顔を埋めて子供のように泣くナナさんが尊すぎる。

 非モテ童貞である僕でなけりゃあ、お持ち帰りしていたね。

 なんて、言ってる場合じゃないな。

 

 「とにかく、僕の背中に乗って」

 「やぁだぁぁぁ! このままが良いですぅぅぅ!」

 「このままって……」


 つまり、お姫様抱っこをしろと?

 よろしい、ならばしようじゃないか。

 幸いなことに、僕はそれなりに体を鍛えてるし、ナナさんは同じ年頃の女性と比べても細身だし、ちゃんと食べてる? って、心配になるくらい軽い。

 だから……。

 

 「ここまで抱き抱えて来たと?」

 「そうだけど、何か問題かい? 沖田君」

 「いえ、問題はありません。医務科の者たちや案内を兼ねてここまで同行した艦長を通して、油屋大将が泣きじゃくる女学生を抱き抱えたままスキップして医務室まで来たと噂になるでしょうが、わたくし的には問題ありません」

 「いや、問題しかないよね?」


 と、返しながら艦長始め、医務科の人たちを見渡したら、皆一様に僕から目を逸らした。

 これ、もしかしなくても広める気じゃない?

 やめてね?

 ただでさえ、沖田君のせいで十代の少女たちをはべらせてヤリまくってるヤリチン野郎って噂がたってるって聞いたから。


 「ちなみに艦長。大和艦内では、油屋大将は何と呼ばれているのですか?」

 「巨乳だろうと無乳だろうと、大人だろうが子供だろうが見境なしに手をつけるスケコマシ。と、私は良く聞く」

 「事実無根だ!」

 「ですが油屋大将。甲板で乳に包囲されて鼻の下を伸ばしまくっていた油屋大将を、複数の水兵が目撃しています」

 「それは……事実だけど、僕はまだ童貞だ!」


 と、力の限り叫んで、艦長に無実を訴えたのに……。


 「あの美人姉妹や、そちらのお嬢さんに迫られて童貞? いくらなんでも、それで童貞は通らないでしょう。もし本当なら、類い希なヘタレですよ?」

 

 と、心底呆れながら言われてしまった。

 ええ、ヘタレですが何か?

 愚息と同じく、体がカチンコチンになるほど緊張して何もできない根性なしだよ僕は。

 だから医務科の人たちも、艦長の言葉に同意して「うんうん」とか言って頷くな。


 「とにかく! 僕のことは取り敢えず置いといてくれ。軍医長、ナナさんの容態は?」

 「酷いなんてものじゃないですね。両足は骨折寸前、肉離れや筋断裂も起こしかけています。特に鍛えている様子もない彼女が、何をしたらこんな状態になるのですか?」

 「何をしたかはわかってるんだけど……」


 それでどうして、ナナさんの体はガタガタと言っても過言じゃない状態になった?

 いや待て、軍医長はたしか……。


 「そうか……」


 特に体を鍛えていないと言っていた。

 つまり、ナナさんは普通の女学生と同程度の身体能力で大和艦内を縦横無尽に駆け回り、機銃座を抜け、防空指揮所まで駆け上がったことになる。

 そんなこと、軍人にだって出来やしない。

 なのに、ナナさんはそれをやった。

 だとすると、考えられるのは脳のリミッターの解除。

 通常は最大筋力値の二割程度しか発揮できないようにセーブしているリミッターを、例えば自己暗示で解除したんじゃないだろうか。

 ならば、大和を追いかけていた時のナナさんの身体能力は単純に五倍。

 鍛えていない女性でも、一時的になら120kgの重量を支えられるって聞いたことがあるから、600kgの重量を支えられるだけの筋力を得ていたことになる。

 さらに、ナナさんは体重が異様に軽かった。

 抱えた感じでは、40kgそこそこしかなかったと思う。

 そんな低体重で、男性パワーリフター並みの筋力があったのなら、ナナさんの身体操作技術なら先の騒動で見せた動きも可能なのかもしれない。

 ただし、その代償として……。


 「こうなっちゃったのか。無茶しすぎだよ」


 なんだか、怒ったのが申し訳なく思えてきちゃったな。

 今は痛み止めを射たれて落ち着いているけど、防空指揮所で見た痛がりっぷりを考えると、そうなってまでして歌ちゃんを助けてくれようとしたんだと、感謝の念が湧いてきた。

 

 「あのぉ、油屋大将」

 「ん? なんだい、ナナ……じゃなかった。大和」


 ベッドから身を起こしながら、恐る恐る僕を呼んだナナさんを大和と呼ぶなり、この場にいるみんなの視線がナナさんの体を使う大和に集まった。

 それに少し怯えてしまったけど、大和は意を決したように……。


 「私を解体しないでください! 私はまだ戦えます! いえ、戦いたいんです!」

 

 と、声を張り上げた。

 戦いたい……か。

 兵器として生まれたのに、戦う機会をろくに与えられないまま終戦を迎え、解体されるとなれば確かに無念だろう。

 でも……。  


 「君を解体する予定はない。呉に向かっているのは、君を記念艦に改修するためだ」

 「記念……艦? それは私に、見世物になれと仰っているのですか?」

 「オブラートに包まず言えば、そうなるね」

 

 僕の答えを聞くなり、大和の顔は怒りに染まった。

 まあ、人と同じような感情があるのならそうなるよね。

 さて、困ったぞこれは。

 大和に魂が宿ってて人並みの感情があるだけならまだ良かったが、大和は自分の体である艦を乗組員ごと操れる。

 説得に失敗したら、本土へ無差別砲撃くらいはするかもしれない。


 「大和、君の無念はよくわかる。だけど君は、何と戦うつもりなんだい?」

 「当然、米軍とです!」

 「なるほど。じゃあ君は、ようやく平和な生活を手に入れた国民を、再び戦火にさらすと言うんだね?」

 

 僕に言われて初めて気がついたのか、大和は両手で口許を押さえて黙り込んだ。

 そう、君が米軍相手にドンパチを始めれば、再び戦争になる。

 しかも、その戦争は僕たち転生者もシナリオを知らない未知の戦争だ。

 つまり、過程や結果を操作できない。


 「君が人間で、一個人として米国人と喧嘩をするのは構わない。でも、君は戦艦。しかも、未だ世界最大の戦艦だ。そんな君が米軍に喧嘩を売ったら、どうなるかくらいわかるだろう?」

 「でも、それでも私は……」


 戦いたい。

 と、続けたかったのかな。

 いや、少し違う気がする。

 戦いたいと思う気持ちに偽りはないんだろうけど、そのあとに何か続きそうな気がする。

 戦って勝ちたい?

 違う。

 戦い続けたい?

 これも違う。

 これは僕の妄想でしかないけど、大和はおそらく……。


 「君は、戦って死にたいんだね」

 「……!」


 驚いたように目を見開いて僕を凝視している様を見るに、どうやら当たりのようだ。

 でも、残念ながら彼女の希望は通らない。

 そもそも、敵がいない。

 来年には朝鮮戦争が始まる予定になってはいるけど、あくまで主役は米軍であって、日本は後方支援に徹する段取りになっている。

 よって、彼女の出番はない。

 ベトナム戦争まで現状のまま維持すればワンチャンあるかないか。って、ところだ。

 僕の言葉だけじゃあ彼女を納得させられそうにないから、搦め手でいくとするか。


 「艦長。君は大和と一緒に死にたいかい?」

 「私はこの艦……彼女の艦長です。なので、彼女が沈むときは私も一緒に沈む。そう、

 「じゃあ、今は違うんだね?」

 「はい」

 

 艦長の答えを聞いて、大和の顔は絶望の色に染まった。

 まあ、そうだろう。

 でも、絶望するのは早いよ。

 艦長はまだ、全部言い終わってないんだから。


 「私は、彼女に生きていてほしいと思っています」

 「それは、どうしてかな?」

 「彼女は、我が国が誇る超弩級戦艦であり、世界最高最大、最強の戦艦です。その彼女に、平和になった世で残りの生を謳歌してほしいと、彼女と共にあの戦争を生き抜いた私たち乗組員全てが願っています」

 「それ、建前だよね?」


 僕がイタズラっぽくそう言うと、艦長は照れ臭そうに後ろ頭を掻いた。

 やっぱり、男って馬鹿だなぁ……。


 「自慢……したいじゃないですか。この先孫が生まれて、その子供が生まれて。その子達に、お爺ちゃんはこの美しい艦で艦長をしてたんだよって、自慢したいんです。そりゃあ戦争中は、大和と運命を共にするのを夢見ていました。誰よりも苛烈に戦い。誰よりも多く敵艦を沈め。米軍に、「大和を沈めるは日本を取ることと同義なり」と、言わせてやりたかった。でも、それはもう叶いません。ならば、私たちは別の戦い方を模索すべきです」

 「別の……戦い方?」

 「そう、君と一緒にね」


 なんて言いながら、艦長は大和の手を取ったけど、それ、ナナさんの手だからね?

 ナナさんに大和が乗り移ってるって信じてそうしてくれたのはありがたいけど、それはナナさんの手。

 だから気安く触るな。

 撫でるな。

 見つめ合うな!

 解任するぞコンチクショウめ!

 おっと、頭を冷やせ小吉。

 せっかく話が丸く収まりそうなのに、ここで波風を立ててどうする。

 ああでも、僕でさえ握ったことがないナナさんの手をあんなにしっかりと……。


 「気安ぅ触るなオッサン。ぶっ殺すぞ」

 「ちょっ……! 艦長の頭を殴るなんて、何を考えてるんですか!」

 「うっさい。アンタはさっさと話を終わらせんさいね。この部屋臭いけぇ早ぉ出たい」


 消毒液臭いのかな?

 確かにここは、病院特有のにおいが充満してるから、慣れてない人には辛いかもね……って、交互に体を使って喋ることもできるの?

 無表情のナナさんと、感情をこれでもかと表に出す大和が交代交代で喋ると、表情筋が大変そうだなぁ。

 なんて、現実逃避してる場合じゃない。

 艦長の頭を叩くのは良くない。

 個人的にはグッジョブと言いたいけど、大和が言う通り良くはないよ。

 でもグッジョブ。

 

 「大和、君には記念艦として、後の世まで戦争の愚かさを伝える偶像となってもらいたい」

 「私が、兵器だからですか?」

 「そうだ。君は戦争のために生み出された兵器。人の愚かさの具現だ。そんな君だからこそ、記念艦に相応しい」


 僕の言い方に、気分を悪くしたか?

 うつむいてしまったから表情は見えないけど、何かを必死に我慢しているのはわかる。

 だったら……。

 

 「ちなみに、君の兵装は一切外さない」

 「え? でも、記念艦にって……」

 「うん。記念艦にはなってもらう。ただし、今の君の姿のままで、だ」

 「じゃあ、有事の際には……」

 「もちろん、戦ってもらうさ。そのために整備もしっかりとやる。少し下世話な話になってしまうけど、君が記念艦になってくれると、大半の乗組員の雇用も確保できるんだ」


 記念艦大和の、職員としてね。

 実はすでに希望を募って、雇用枠は埋まりきっている。

 艦長なんか真っ先に志願して、艦内に開設予定の資料館の館長になる予定になっているよ。

 

 「大和。海軍大将として正式に、君に記念艦になることを命じる。どうかこの国を、末長く見守り続けてくれ」


 駄目押しを兼ねてそう言うと、大和は涙を流しながら微笑んで「了解しました」と言ってくれた。

 

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