第34話 大和(裏)

   



 小吉が阿呆なら、あたしは馬鹿だ。

 あたしが考えなしに動くせいで何度も迷惑をかけてるのに、あたしは全く反省してなかった。

 この騒ぎだって、小吉のためだって大義名分は掲げたけど、結局は溜まった鬱憤うっぷんを晴らしたかっただけ。

  

 「そこまでだ。七郎次」


 あたしがそんなだから、とうとう小吉を怒らせた。

 あたしが迷惑ばかりかけるから、ナナって呼んでくれなくなった。

 そう、頭では理解してるのに……。


 「あ、あたし、余計なこと……した?」


 心は、小吉のためにやったのにどうして怒るの?

 と、納得していない。

 だから未練がましく、そんな台詞が口をついて出たんだと思う。


 「いや、結果的にはこうなっていた可能性が高い。でも、僕に何の相談もせずにこんな事をされちゃあ困る。君がしたことは、下手をすればこの艦に乗る全ての人の命を奪う危険行為だ」

 

 なら、どうして怒ってるの?

 相談しなかったから?

 でもそれは、その女が見えない小吉に相談しても信じてもらえないと思ったからよ?

 それに、なんでその女を殺したらこの船に乗る人が死ぬの?


 「君が追っていたのは大和の船霊ふなだま。幽霊で間違いないね?」

 「うん。今も、小吉の背中に隠れちょる」


 ついでに言うと、小吉が自分の味方だとでも思ったのか、肩越しにあっかんべーしてる。

 あんまり調子に乗ると、小吉に怒られるの覚悟でぶっ殺すぞデカ女。


 「君は、船霊を殺したらどうなるか理解して、追っていたのかい?」

 「知らん」

 「だろうね。知っていたら、そもそも殺そうなんて考えないはずだから」


 縁から降りながら咄嗟に答えたけど、殺すと何か問題があるのかしら。

 完全に調子に乗ってふんぞり返ってるソイツを殺しても、問題ないと思うのだけど?


 「例え話をしよう。人から魂がなくなったら、体はどうなる?」

 「死ぬ」

 「そう、死ぬんだ。そしてそれは、おそらくこの艦にも当てはまる。この艦が死んだら、どうなると思う?」

 「えっと……沈む?」

 「その通り。そうなったら、艦内にいる人はどうなる?」

 「死……」


 あ、そういうことか。

 この船はデカ女にとっては体なんだから、魂が死ねば当然体も死ぬ。 

 この船が死んじゃったら、乗ってる人たちも道連れになるわ。

 じゃあ、小吉が怒るのも当然ね。

 悪いのは完全にあたしなんだから……。


 「ごめん……なさい」

 「わかってくれたなら良い。僕も、少しキツく言いすぎた」

 「許して……くれるの?」

 「うん。反省している人を追い詰めるような叱り方は、好きじゃないからね」


 謝らなきゃ。

 と、思って謝ったら、小吉はいつもの笑顔に戻って、すんなりと許してくれた。

 でも、許してくれただけじゃあ安心できないから……。


 「じゃあ、またナナって呼んでくれる?」

 「ナナさんが良いなら、喜んで」


 良かった。

 本当に良かった。

 だってこれから先、小吉にナナじゃなくて七郎次って呼ばれ続けるなんて、考えただけでゾッとするもの。

 またナナって呼んでもらえるとわかって、胸の奥も温かくなってきたし、心なしか頬も緩んでる気がする。


 「さて、じゃあこの騒動にけりを付けよう。ナナさん。大和の船霊は、まだここにいる?」

 「うん。まだ小吉の後ろにおるよ」

 「わかった。じゃあ、大和。今すぐこの揺れを止めろ。これは、海軍大将としての命令だ」


 小吉に命令された途端、女は嬉しそうに跳び跳ね始めた。

 まあ、気持ちはわかる。

 小吉に命令されるのって、何故か気持ち良いんだもん。


 「でもさすがに、こうなったら信じざるをえないな」


 小吉が命令を下した直後から揺れが徐々に収まり始めて、今は殆んど揺れていない。

 これは、小吉の命令を女が実行したと思って良いのかしら。

 でも、女は変わったことをしてないのよね。

 女がやったことと言えば、ただ嬉しそうに小吉の周りを跳び跳ねて回っただけだわ。


 「ナナさん。大和は喋れるのかい?」

 「あ~……どうじゃろ。声はまだ聞いて……」


 ない。

 と、答えようとしたら、その前に「喋れます!」と詰め寄られながら言われた。

 近い。

 そんなに近づかれたら小吉が見えないじゃない……は、置いといて。


 「あ、喋れるって」


 小吉に教えなきゃ。

 さらに味を占めたのか、今度は小吉の目の前で……。


 「ねえ、小吉」

 「ん? 何だい?」

 「もっと命令してって」


 って、声が聞こえない小吉にねだってることもね。

 あのね、デカ女。

 小吉に命令されたい気持ちは凄く良くわかるけど、あたしでさえ滅多にしてもらえないのに贅沢じゃない?

 しかも興奮してるのか……。


 「え~っと、それは大和が?」

 「うん。鬼畜米兵を砲撃で血祭りにあげてやる。って、言うちょる」

 「砲撃駄目。絶対」


 だよね。

 でもデカ女は諦めきれないのか、ブスッとした顔のまま陸の方を見てる。

 それに加えて、両手の平を水平に動かしてる。

 あの動きって、もしかして……。


 「ねえ小吉。アレって動くん?」 

 「アレって、どれ?」

 「でっかい鉄砲」

 「でっかい鉄砲って……まさか!」


 あたしが言う鉄砲の正体に思い至ったのか、小吉は慌てて縁から身を乗り出した。

 やっぱり、デカ女の手の平の動きはデカい鉄砲を操るためだったか。

 ん? じゃあ今、デカ女は勝手にあの鉄砲を操作してるのよね?

 だったら放っておけば、この女は小吉に怒られ……いやいや、それは小吉が困るって事だから阻止しないと。

 でも、何て言えば良いんだろう。

 小吉は慌てながらも、どこか安心しているような気配を発してる。

 それはどうして?

 そう言えば、あたしが鉄砲の森を抜ける際、デカ女は軍人さんたちを操ってた。

 だとしたら、あの鉄砲を撃つのにも、女がいくら鉄砲を操作しようと最終的には人の手がいるんじゃない?

 だったら、小吉が僅かに安心してるのも納得できる。

 あれ?

 じゃあ、教えなきゃ不味くない?


 「あ、そうそう。この女、この船の軍人さんらを操れる」

 「砲撃中止! もし撃ったら、呉に着くなり解体するぞ!」


 あたしが教えるなり、小吉は後ろを睨み付けて怒鳴った。

 小吉の怒鳴り声って、聴くのが新鮮なのもあるけど、不思議と嫌じゃない。

 むしろ好き。 

 たぶんデカ女に怒鳴ったんでしょうけど、次はあたしに怒鳴って……は、ともかく。


 「小吉、女はそっちにゃおらん。小吉の横におる」


 明後日の方へ怒鳴ってるって、教えてあげなきゃと思って、教えてあげた。

 そしたら小吉は、耳まで真っ赤にして恥ずかしそうに後ろ頭を掻き始めたわ。

 恥ずかしがる小吉って……。

 

 (あのぉ……、お願いがあるんですけど)


 可愛い。

 と、胸が締め付けられるような気持ちを堪能していたら、デカ女がデカい体を縮こまらせて何か言った。

 話しかけるな。

 あたしは今、恥ずかしがってる小吉を見るので忙しい……って言うか、そこを退け。

 

 (あなたの体を、貸して欲しいんですが……)

 「はぁ? 嫌じゃ。なんであたしの体をアンタに貸さにゃあいけんのね」

 

 おっと、デカ女が阿呆な事を言ったから、ついつい反応して小吉から目を離しちゃった。

 でも、改めて見ると本当にデカいわね、この女。

 あたしより頭半分高い小吉よりさらに高いじゃない。

 歳は龍見姉妹と同じくらいかしら。

 髪の長さは龍見の白い方より短いけど、胸は同じくらい……いや、下手したら龍見姉妹よりもデカい。


 (お願いします! 大将様と直接お話したいんです! だからお願いします! お願いお願いお願いぃぃぃ!)

 「じゃけぇ嫌じゃって言うちょるじゃろうが。デカい成りしてガキみたいな駄々こねんさんな」

 (ガキです! だって私、まだ六歳ですから!)

 「なぁ? まだ六歳じゃあ? その成りで?」


 そのデカさで六歳なら、例えばあたしと同い歳まで育ったらどうなるの?

 身長も胸も倍以上になるの?

 それとも、それで打ち止め?

 

 「ナナさん、大和は体を借りて、何を…したがってるの?」

 「……小吉と話したいって言うちょる」


 あ、小吉が興味を持っちゃったみたい。

 これは、貸してやってくれって言われるのかしら。

 

 「僕と? ナナさんを通してじゃあ、駄目なの?」


 そうよね。

 それで良い……。


 (まどろっこしいから貸してください)

 「……まどろっこしい。って、言うちょる」


 我儘デカ女め。

 何がまどろっこしいよ。

 今も「早く早くぅぅぅ!」とか言ってる様を見るに、ただ話すだけじゃなくて小吉と触れあいたいんじゃない?

 だってアンタ、歌が小吉の膝に乗ってるのを羨ましそうに見てた時の、龍見の口が悪い方と同じ顔してるもの。

 

 「ナナさん。大和に体を貸してあげてくれないかい?」

 「え……」


 貸さなきゃ駄目?

 だってコイツ、小吉と話すだけじゃなくて触る気よ?

 小吉はあたしや歌、龍見姉妹以外の女に触られても良いの? それとも、触りたいの?


 「嫌?」

 「嫌じゃけど……小吉がどうしてもって言うなら……」


 貸す。

 コイツが小吉のどこをどう触る気かまではわからないけど、触るのはあたしの体を使ってだもの。

 それはつまり、あたしが触るのと同じ。

 それに……。


 「じゃあ、どうしても」

 「……わかった」


 あたしが小吉に怒られる原因を作ったコイツに、仕返しもできる。

 アンタはあたしが何食わぬ顔をしてるから気づかなかったんでしょうけど、韋駄天って体にかかる負担が物凄いの。

 あたし自身は痛みに慣れてるから我慢できてるけど、アンタに我慢できる?

 背骨を走る激痛に。

 骨が折れかけてても筋肉のみで立ってるこの苦痛に、アンタは堪えられる?

 堪えられるのなら、体は貸してあげるから堪えてみなさい。

 と、心の内で思いながら、あたしはデカ女に体を明け渡した。

 

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