第31話 幽霊(表)

 




 大和に起こった異常。

 これを常識で考えるなら、整備不良が最も可能性が高い原因だ。

 だけど大和に所属する者の八割以上は、僕の計画によって乗る艦を失った熟練の者。

 多少は連携の乱れがあるかもしれないけど、そんな人たちがここまでの異常が起きるほどの不良箇所を見逃すとは思えない。

 なら、龍見家との交渉で主砲を撃たせたせいで目に付かない場所、または全体に不具合が起きてしまったんだろうか。

 まあどちらにしても、ゲストであるナナさんたちを除いて、常識の範囲内で予想できる不具合を原因だと思っている人は僕を含めて一人もいないと思う。


 「女性を乗せたことで大和がヘソを曲げた。と、考える方が、非科学的なのに自然だと思っちゃうのは船乗りのさがなのかなぁ」

 「後の若者には笑われそうですが、わたくしもそう思います」

 「だよね。だったら……」


 ナナさんたち女性陣を艦から降ろせば、この怪現象は沈静化するはずだ。

 でも、一番近い港まで距離があるし、まともに操艦できないのだからそもそも寄港できないか……と、悩んでいたら、地華君がドアを半開きにして……。

 

 「なぁ、小吉の大将。ラッパが呼んでるぜ?」

 

 などと、訳のわからないことを言い始めた。

 どうしてラッパが僕を呼ぶ?

 なんて、考えるまでもないか。


 「伝声管だね、それ。沖田君、何の用か聞いてきて」

 「了解しました」


 ご機嫌を伺ってきたか、それともこの異常の原因がわかったのか。

 はたまた別の用件か。

 僕的には、トラブル以外なら何でも良いんだけど……。


 「油屋大将!大変です!」


 そうですか。

 大変ですか。 

 血相を変えてるという表現がピッタリ当てはまりそうだけど、何があった?

 まるで、ナナさんが粗相をした時のような怒りっぷりじゃない……あ、わかった。

 部屋を出る前に感じた、既知感きちかんの正体はナナさんだ。

 ナナさんの存在を、僕は今の今まで忘れてたんだ。

 つまり伝声管を通しての用件とは……。

 

 「七郎次が、刀を振り回しながら艦内を暴れまわってるようです!」


 やっぱりナナさん絡みか。

 しかも、暴れてると来た。 

 でも、どうして暴れてるんだろう。

 例えばこの揺れで苛立ったから、その憂さ晴らしで暴れてるとか?

 う~ん……。

 ナナさんの行動原理が今一理解しきれてないから、有りそうとも思えるし、逆にも思える。

 と言うか、情報が大雑把すぎるな。


 「どう、暴れてるの?」

 「え~……聞いた限りですと、壁を走ったり天井を跳ねたり、壁を無意味に斬りつけたりしているようです」

 「なるほど……」


 え? なんで?

 と言うか、どうやって壁を走るの? どうやって天井を跳ねるの? ナナさんって、そんな事ができたの?

 は、置いといて、どうしてナナさんがそんな奇行に至ったのかを考えるのが先だ。

 

 「沖田君、他に何か言ってた?」

 「他と言われましても……あ、そう言えば、何かを追いかけているようだった。と」

 「何かを……か」


 今の情報で、僕たちが知らない内にナナさんが戦闘状態に入ったのはわかった。

 問題は、ナナさんが追いかけている何か。

 何かと言うくらいだから、目撃者には追いかけている者が見えなかったんだろう。

 人には見えない何かを、刀を振り回しながら追いかけるナナさん……か。

 嫌な予感がしてきたな。


 「沖田君、艦首の方へ、ナナさんを探しに行ってくれないか?」

 「わかりました。油屋大将は?」

 「僕は艦橋に行く。何か、ナナさん絡みの異常を見つけたらそっちに連絡して」

 「了解しました」


 軽く打ち合わせを済ませて沖田君と別れた僕は、艦橋へと通じるエレベーターへ急いだ。

 ナナさんが追っているのは、常識なんて無視して考えれば大和。

 その幽霊……いや、船霊ふなだまだ。

 どうして戦闘になっているのかはわからないけど、ナナさんの動機を好意的に考えると、原因は歌ちゃんだな。

 おそらくナナさんは、この不自然な揺れが大和の船霊の仕業だと気づき、それによって苦しんでいる歌ちゃんの仇を討つ。もしくは、大和の船霊を殺せばこの揺れが治まると考えたんだろう。

 

 「でもナナさん。それは短絡的すぎるよ」


 そう、エレベーターに乗るなり呟いた僕の胸中には、焦りと怒りが渦巻き始めた。

 大和の船霊を殺させちゃ駄目だ。

 自分でも非科学的だと思うけど、大和の船霊を殺してしまったら艦が沈む。

 そうなれば僕たちだけでなく、艦内にいる数千人の命が危険に晒される。


 「油屋大将、良いところに! ちょうど沖田少佐から連絡が来たところです!」

 「内容は?」

 「わたくしも状況は把握しきれていないのですが、お連れの学生服を着た女性に向け、機銃座の者たちが攻撃しました」

 「機銃を人間に向けて!? オーバーキルにも程があるだろう!」

 

 と、艦長からの報告を聞いてつい叫んでしまったけど、艦橋の窓にナナさんが持ってるはずの小太刀が突き立てられるのが見えて冷静になった。

 何故、小太刀が窓に刺さった?

 決まっている。

 30メートル強もある大和の艦橋を駆け上がってきたナナさんが、さらに上へと行くために刺したんだ。


 「艦長。防空指揮所へ上がりたい。案内してくれ」

 「かまいませんが、そんな所へ何を……」

 「いいから急げ! このままだと大和が沈むぞ!」


 理不尽な言い方とも思ったけど、それで艦長は由々しき事態だとわかってくれたらしく、僕を防空指揮所へ上がるための階段に案内してくれた。

 そして僕が防空指揮所に出るのとほぼ同時に、ナナさんが露天の縁に飛び乗ってきた。

 僕がここにいること自体には驚いてないようだけど、僕のすぐ後ろを睨み付けている様子からして、予想は当たっているようだ。

 だけどごめん、ナナさん。

 君が歌ちゃんのために走り回ってくれたのは素直にありがたいし、感情的になった君が見れて嬉しくも思う。

 でも、どうして相談してくれなかった?

 僕が頼りないから?

 大和の船霊が悪さをしていると言っても、信じてもらえないと思ったから?

 どちらにしても、それは僕の不徳と言って良い。

 そこは反省するし、改善しよう。

 だけど今は、心を鬼にして……。 


 「そこまでだ。七郎次」


 君を止める。

 それが今の僕にできる、唯一のことだから。


  


 

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