第30話 船旅(裏)

 


 小吉が呉に行くからと便乗させてもらった戦艦……なんだっけ?

 猛おじ様や歌の名字と同じだったと思うんだけど、そもそも二人の名字を覚えてないからわからない。

 そんな戦艦なんちゃらに乗って、速度の増減を繰り返して、七日ほどかけて呉に向かうらしい。

 どうして七日もかけるの?

 って、小吉に聞いたら、「この艦を入れるためにドックを空けなきゃいけないんだけど、その作業が遅れてるんだ。だから、訓練も兼ねてこっちで時間を調整するんだよ」と、教えてくれた。

 まあ、一週間も船に閉じ込められるなんて嫌だなぁとも思ったけど、戦艦なんちゃらは歌に、「ねぇ、小吉お兄ちゃん。船はどこにあるの?」と、言わせるほど馬鹿デカかったから、散歩でもすれば暇は潰せるでしょう。

 ちなみに、かく言うあたしも、目に前にあったのに「なんで海に壁が?」としか思わなかったわ。

 でもそれは、ジュウゾウがそう見間違えるようにボートを操船している人に指示したかららしい。

 そんな意地悪をしたジュウゾウは、明日の稽古で足腰立たなくなるまで殴ってやる。

 そうすれば、あたしたちが乗り込む前からずぅぅぅぅ……と、あたしたちを睨んでる女の視線への鬱憤うっぷんも晴らせるでしょう。

 でも、あの女はたぶん……。

 

 「ナナ、どうしたの? やけに後ろを気にしてるじゃない」

 「歌にゃあ、見えちょらんのか?」

 「何が? ナナや龍見姉妹のお尻を凝視してる水兵さんたち?」 

 「あ~……。まあ、それでええ」


 そっちも、気になると言えば気になる。

 でも、そっちは街を歩いてる時やヨコチンにいる間も感じてたから、慣れちゃってどうでも良くなった。

 見たければ好きなだけ見ろって感じよ。

 

 「油屋大将。わたくしが、注意してきましょうか?」

 「いや、やめておこう」

 「ですが、直属でないとは言え、上官が連れている女性を覗き見るなど失礼が過ぎます」

 「大丈夫だよ。この三人が本当に嫌なら、僕らが止める前に水兵たちを殴り飛ばしてる」

 「それは、そうですが……」


 そりゃあそうだ。

 実際、ヨコチンに着いてからしばらくは、龍見の口が悪い方は暴れる寸前だった。

 小吉と白い方に諌められてなかったら、数十人はぶん殴ってたんじゃないかな。

 は、置いといて……。

  

 「ねぇ小吉。ここってあたしら以外に女はおらんのよね?」

 「そうだよ」

 「ふ~ん……」

 「何か、気になることでも? 彼らに見られるのが嫌なら……」

 「いや、そっちはどうでもええ」


 やっぱり、あの白装束の女はあたしにしか見えていないのか。

 なら、アレは人じゃない。

 男しかいないはずの、こんな鉄と錆びのニオイしかしない軍艦に住み着いてるんだから元が人だったとも考えづらい。

 アレはたぶん、俗に付喪神と呼ばれるものの一種だわ……とか考えてる内に、部屋に着いちゃったわね。


 「そういえば小吉様。昔から、女を船に乗せると海の神様が怒るから乗せるな。と、言われていますが、この艦の人たちは気にしないのですか?」

 「あ、そこ気にしちゃう? 気分を害するかと思って言わなかったんだけど……」

 

 へぇ、世の中には変な決まりがあるのね。

 でも、金持ちは客船で旅行したりもするのよね?

 その場合も、女は乗っちゃいけないの?

 旅行も男だけ?


 「男性って、古臭い考え方で難癖つけるクセに、変なことでクルっと手の平を返しますよね」

 「そう言わないであげてよ歌ちゃん。海の神様云々の前に、海軍にとって艦は力その物だから、艦がヘソを曲げると考えちゃう人も一定数いるんだ」

 「艦がヘソを曲げる? どうしてですか?」

 「僕たち海軍軍人が、艦を女性ととらえているからさ」

 「それ、本当に?」

 「男ってのは基本、馬鹿だからね」

 「あら、小吉様は、聡明でいらっしゃいますよ?」

 「姉ちゃんの言う通りだぜ、大将。なんせ、オレを惚れさせたんだからな」

 「ハハハ、ありがとう褒め言葉として受け取っておくよ」


 なるほど。

 じゃあやっぱり、あの女はこの船の付喪神か。

 だとしたら、小吉やジュウゾウがいぶかしんでいる、この揺れもそいつのせいなんじゃない?

 

 「妙ですね」

 「沖田君も、そう思う?」

 「ええ。このくらいの揺れ自体は、磯風に乗っていた頃に南方で散々経験しましたが、大和でこの揺れはおかしいです」

 「だよね」


 やっぱり、この揺れは普通じゃなかったか。

 でも、何のために揺らしてるんだろう。

 世の中には、酒ではなく乗り物に酔う人もいるって聞いたことがあるけど、あたしはもちろん龍見姉妹も揺れは体重移動で対処できているから屁でもない。

 もし、この揺れが女であるあたしたちを狙ったものだとしたら……。


 「歌ちゃん、横になった方が良い。酔っているだろう?」

 「酔……う?」

 「そう、歌ちゃん、船酔いしてるよ」


 被害に遭うのは歌だけ。

 と、思って見てみたら、やっぱり辛そうにしていた。

 今にも、胃の中身を全部吐き出しそうなくらいだわ。

 「酔ってない」と、暗示をかけて楽にしてあげようかしら。

 でも、そう言う使い方をしたことがないから、どの程度の塩梅あんばいで暗示をかけたら良いのかがわからないのよねぇ。

 加減を間違うと、下手したら今より酷くなっちゃうし……。


 「深呼吸しながら、揺れとは反対に体重を傾けてみて。そう、ゆっくりで良い。沖田君、ついでに桶と氷水を頼んで。天音君は、膝枕をしてアシストしてあげて」

 「了解しました」

 「かしこまりました。さあ、歌さん、頭をお乗せなさい」


 どうしよう。

 と、迷っていたら、小吉がテキパキと指示を飛ばし始めた。

 さすがは小吉。

 あたしみたいに、安直に暗示で誤魔化そうとするんじゃなくて、正攻法で治そうとするなんてお見逸れしたわ。

 あ、でも……。


 「そう言えば、歌ちゃんって学校は良いの? もう、新学期は始まってるよね?」

 「学校より……有望な婿を振り向かせる方が女にとっては大切です……って、お母様に言われたので」

 「錦おばさんなら言いそうだなぁ……。でもそれで、どうして僕のところに来たの? 確かに海軍には優秀な人が多いけど、歌ちゃんより一回りも二回りも歳上の人ばかりだよ?」

 「小吉お兄ちゃん、本気で言ってる?」

 「え? 本気も何も……」

 「大将の鈍感っぷりは筋金入りだなぁ。なあ歌、大将は昔からこうなのか?」

 「うん、昔っから……」


 歌に小吉を独占されちゃった。

 ま、まあ?

 今、歌は弱ってるから?

 こういう時くらいは小吉を独占しても良いと思う。

 うん、本当よ?

 本当にそう思ってるから、いつかあたしが弱った時に小吉を独占しても文句は言わないでね?


 「原因はわかったかい?」

 「ある意味では」

 「なるほどわかった。じゃあ、外で話そうか」

 「了解しました。では地華殿、これをお願いします」


 なんて、歌を羨ましく思う自分を必死に抑えつけてたら、小吉はジュウゾウと外に行こうとしていた。

 咄嗟に「あたしのことは気にせんで」と、あたしはみんなに暗示をかけて一緒に出た。

 そしてドアを閉めるなり、小吉はジュウゾウに……。


 「原因は不明。で、良いんだね?」

 「はい」


 と、言った?

 あれ? 部屋を出る前、ジュウゾウは原因がわかったっていってなかった?


 「機関出力が不安定で停止することもできず、舵も言うことを聞きません。まるで……」

 「招かれざる客を、大和が船酔いで苦しめようとしている。かい?」

 「はい。船酔いは、慣れていない者からしたら堪えがたい苦痛です。非科学的ですが、大和に長く所属している者たちはそうだと確信しているようです」

 「沖田君は?」

 「わたくしも船乗りの端くれですので、彼らが言うことも理解できます。もし、わたくしどもが乗っているのが磯風で、同じ現象が起きていたら同じことを言っていたかもしれません」


 ふむふむ。

 長いから三行でお願い。

 と、言ったらあたしが傍で聞いているのがバレるし、怒られるかもしれないからやめておこう。

 でも、歌が苦しんでいるのが、この船のせいだって言うことはわかった。

 なら、あたしは……。


 「あの女をぶっ殺す」


 付喪神なんて殺せるかどうかわからないけど、少なくともそうすれば、この現象は収まるはず。

 だからあたしは、小吉とジュウゾウの話を聞いている間もあたしを睨み続けていた、尻まで届きそうな黒髪を備えた白装束の女へと、右腿の短刀とジュウゾウにこしらえを変えてもらった腰の小太刀を抜きながら、気配を消しているあたしを睨み続ける女へと歩み始めた。


  

 

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