果ての始まり

海々

果ての始まり

「カシャ」


レンズが捉えた一面の景色は寒さを孕んだ空気の中に消えシャッター音と共に少年の持つカメラの中へと沈んでいった。あたり一面に広がる藍色の草原は一体何のか呆然と立ち尽くす少年の目にはきらきらと反射する一粒の雫がゆっくりと頬を伝っている

本来であれば目を疑うようなその異常さに天国にでも来たように思うのだろう。

しかし、でも僕はこの風景を知っている。


今では朧気な記憶、思い出そうにも靄がかかったように鮮明なものではない幼くやさしい記憶。

まだ小さかった僕を腕に抱きかかえて草原に立つ男性。

顔も、服も、しゃべっている言葉すら定まらない彼は静かに僕を見つめていた。茶色い革靴、きれいに整った髭、歳のわりにぴんと伸びている背筋。

思い出せるのはそんな記憶。ちぐはぐな落書きのような曖昧で大切な思い出。


10数年後僕は同じ場所に立っている。


吐く息に興奮が混じる。たどり着いた優越感、いるはずだった悲しみ、たどり着いた憧憬、あらゆる感情が体の中を巡っていく。


ふと、人の気配を感じた。

そばに立つ老人、記憶の中の人、鮮明に映る彼は僕と同じように目の前に広がる景色を見つめている。


「   、面白いもんだろう。」

自らの足で往き 自らの手で触れ 自らの肌で感じ 自らの眼で心に刻む


ただ それだけで いい


鮮明に映る祖父はそう言っていた。


青々と茂る草花が緩い風に吹かれながらその体を揺らしている。ついさっきまで広がっていた風景はもはや面影すら残っていない。朝日がゆっくりと今日という日を告げる。少しずつ熱が戻ってくる。

ふわりと熱を奪いながら包んでいた風が存在を残しながら日光が僕を照らす。


ぽつん


隣にあったはずの気配はもはや微塵の影すら残していない。この瞬間ここは、この草原は僕一人のものだと解らされた。

ゆっくりと後ろを向く。日に照らされて暖かそうに止まっている一台の二輪車。ホイールからタンクまで白銀の色を返しながら乗り手を待っている。


「また、来るよ」

僕は一言呟いた。


きっと、この景色は続いていくのだろう。僕の眼を通して心に溜まりながら、シャッターの音とともに顔も知らない誰かのもとへと向かうのだろう。

ここが      。

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果ての始まり 海々 @wfflykairi1379

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