第12話 トークショー part2

 「中学の頃。確か中二だったかな。そん時の友達の話なんだけど。そいつな。当時、バスケ部に入ってたわけよ。で、バスケっていったらさ、そりゃ、公式戦があるじゃない。そんでさ。公式戦の前にさ。アップ。アップってどこもやるじゃん。な」


 話の導入はこのような感じだ。私は人に話す時、長い文章で話すことはしない。むしろ、単語で話すと言ってもいいぐらいだ。普段はこんな阿保っぽい話し方はしないし、正直こんな話し方は嫌いだ。下品だから。けれど、話の雰囲気を簡単に見せるためだ。仕方がない。我慢している。


 なぜ我慢してまで、話の雰囲気を簡単に見せようとするのか。理由は単純だ。その方が、大衆が理解しやすいから。大衆は、難しそうと感じると、すぐにその耳を閉ざしてしまうし、また、案外簡単に、そう感じてしまうものだ。


 さらに言えば、大衆は、モノの内容をほとんど見ない。形式や雰囲気しか見ないと言ってもいい。


 例えば、仮に話の内容が、「昨日のお笑い番組について」という誰にでもわかるものであったとしても、話し手が眼鏡をかけた真面目そうな人物であったり、チョイスした言葉が難しそうに見えてしまうものであったりすれば、おそらくほとんどの人間は、その話の内容に気づくことさえなく、ひたすら周囲の雑音に耳をすませることになるだろう。といっても、試してみたことはないが。


「それで、そのアップのときにな。ほら、バスケってさ、結構接触が激しいスポーツじゃない。だからだと思うんだけど。他のチームメイトとかなりハードな衝突、しちゃったらしいのよ。それで、これは後からわかった話なんだけど、そいつの目の下の、奥の方の骨、なんていう骨かわかんないんだけど、それが折れちゃったらしくてさ。結構それが重傷で、手術したらしいの。それで今さ。その目の下の奥のところ。うん、その辺りにプレートが入ってるんだって」


 再び空気の音が変わった。皆、私の話に少し引いているのだ。だが、それがいい。ほんの少しならば、さっきみたいなややグロテスクな表現があった方が、オチは輝くのだ。


「ただその時はな。誰も、そんなことになってるってのは、わかってなくてさ。だけど、その時から相当痛かったみたいで。まあそりゃそうだよね。そいつ、顧問の先生に相談しに行ったのよ。そしたらな。その先生、そいつの目の上の、表面に、まさかの絆創膏。絆創膏二枚だけ貼って、『よし、行ってこい』って。別に血出てないのよ。そんなん…。そんなんありえるか⁉」


 教室は既に、私が気付く前から、笑い声で飽和状態になっていた。皆、自分の出す笑い声と、他人の出す笑い声にまみれて、窒息しそうになっている。ただ、これは当然といえば当然だ。この話は、元から面白い。だから、私でなくとも、この状態にもっていくのは可能だろう。


 だが、ここからだ。天才の仕事は。私は息まいていた。


「前見づらくなっただけじゃねえか!ってね。しかもさ、さっきも言ったけど、そいつ、目の下の奥をケガしたわけじゃん。なのに、目の上の表面に貼るってさ。縦も、横も、奥行きも全部ズレてる。3Dでズレてるのよ。患部から。そんなことある?位置も方法もどっちも合ってないからな」


 笑い声に飽きていたはずの教室が、再び、真新しい笑い声で満たされてゆく。この現象は、さすがの私も、意図的に起こすのはかなり難しい。富士山の一一合目に辿り着くようなものだ。普通では、とてもとても無理である。おそらく、3Dという単語がよかったのだろう。この単語を放った瞬間、クラスメートはもちろん、机や椅子までもが、生きた笑い声を発したのを感じた。あれが私に降りてきて本当によかった。


 が、これは単に運がよかったからではない。きっとあれは、私、少なくとも私クラスの人間でなければ受け取ることすらできないものなのだ。そうでない人間は、どんなに運が良くても、あれを受け取ることはできないに違いない。


 まあ、何はともあれ、さっきのトークは、私から見ても会心の出来だった。


 しかし、私の創り出したこの空気は、私が話し終わるとすぐに冷め始めた。もう一〇秒ほど経てば、完全に元に戻ってしまうだろう。ただそれでも、今日は十分の成果を上げたから、私としては満足だ。

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