ルーズベルトの終わり

 シグルズはヤケクソになって機関砲などで円柱を撃ちまくったが、跳弾が自分に飛んで来て危うく手足が吹き飛びそうになっただけであった。


「貴様、クロエ様に当たったらどうするつもりだ?」


 マキナがシグルズの喉元に剣を突きつけながら、殺意に満ちた声で言う。


「わ、悪かったって」

「まあまあ、剣を納めてください、マキナ」

「……失礼しました」


 銃撃を止めてしまえば、沈黙がこの場を支配する。ここまで辿り着いたのに何も出来ず、彼らは意気消沈することしか出来なかった。が、その時であった。


「誰だッ!」


 三人が歩いてきた廊下の奥から小さな足音が聞こえて来た。シグルズはすぐさま機関砲の砲口を廊下の先に向ける。段々と見えて来た人影は、小さな少女のものであった。


「君は……リリーか」

「また知り合いですか?」

「ああ。僕の城に居着いている大天使の一人だ」

「大天使、ですか」

「ああ。だが安心してくれ。彼女も味方だ。多分」


 シグルズの領するハーケンブルク城の主を名乗っていた少女。その正体はルーズベルトやルシフェルと並ぶ大天使ガブリエルである。


「リリー、何でこんなところに?」

「あなた方が困っているようでしたので、助けに来たのです」

「君の力でこのカッチカチの壁を壊してくれるのかい?」


 シグルズは冗談めいた声で言いながら、ルーズベルトの本体をコンコンと叩く。


「それは出来ません。大天使は大天使を直接に害することは出来ないのです。ですが、ルーズベルトを守る結界を無力化することなら出来るのです」

「結界……?」

「この柱は、ルーズベルトを守る最後の城壁。並大抵の武器では傷付けることすら出来ませんが、その原理はあなた方が用いている魔導装甲と同様のものなのです」

「超強力な魔導装甲ということですか?」

「はい、その通りなのです。ですので、あなた方の言葉で言うところの魔力を絶てば、容易に破壊することが出来るのです。そこまでなら、私にも許可されているのです」

「そう、か。なら早速やってくれ」


 リリーは円柱に近づき、両方の手の平を円柱に押し付け、何か力を込めているようであった。外から見ている限りは何の変化も見えないが、きっと何か重大なことをしているのであろう。


「…………終わったのです。今なら、これを簡単に破壊出来る筈なのです」

「ありがとう。ならとっとと――」


 その瞬間であった。悲鳴のようにも聞こえる嘆願の声が、シグルズの頭上から響き渡る。ルーズベルトの命乞いであった。


『シグルズ! 止めるんだ!! ルシフェルやガブリエルの言葉は間違っている!! 私は、人類に進化をもたらす為に必要な存在だ! 私がいなければ人類は、いつまで経っても中世のままだったんだぞ!!』

「確かに、戦争こそが人類を最も進歩させて来た。それは事実だろう。だがその為に何千万の、いや何億という命を奪うことが許される訳がないだろう」

『文明の産物の恩恵に与っておいて、その言葉はないんじゃないかね?』

「だが、お前は故障品なんだろう? そんな奴はもう必要ない。お前のお陰で人類の文明が進歩したのは事実だろうが、不必要な戦争を自らの娯楽の為に起こすような奴は、もう害悪でしかない」

『私がこれまでどれだけ人類に恩恵をもたらして来たと思っているんだ! 聡明な君なら分かるだろう!? そんな、文明の父であるこの私を、殺していいと思っているのか!?』

「自分でそんなことを言うなんて、気色悪い奴だな。まあ確かに、お前の功績は計り知れないろう。だが、それ以上の罪を犯したことも明白だ。お前はもう人類の敵なんだよ。お前の声にはもう飽きた。死ね」


 シグルズは対魔女狙撃銃の引き金に指をかけた。


『待ってくれ!! 私は、死にたくないんだ!!』

「貴様が殺した何億という人々も、そう思っていたんだよ」

『止めろ!! 止めてく――』


 シグルズは引き金を引いた。ついさっきまであらゆる攻撃を無効化していた円柱状の防護壁はあっさりと砕かれ、その奥に眠っていた電算機を、弾丸は貫いた。ルーズベルトの声はまるっきり聞こえなくなった。


「シグルズ、これは一体……」

「ルーズベルトは言わば、意識を持った機械のようなものなんだ」

「これがその機械だと……?」

「そういうことさ。だから確実に殺さないと」


 シグルズは何度も何度も引き金を引いた。対魔女狙撃銃ほどの威力が必要ないと分かると武器を機関砲に切り替え、なおも撃ちまくった。ルーズベルトの本体であった電算機は、鉄屑の山と化した。


「シグルズ、その辺でいいんじゃないですか?」


 クロエに言われてようやく、シグルズは引き金から指を離した。


「……ああ、そうだな」


 シグルズは深呼吸をして銃を投げ捨てた。どうやら自分でも驚く程に、ルーズベルトへの殺意は溢れていたようだ。


「リリー、これで、ルーズベルトは死んだのか?」

「はい。ルーズベルトは死に、ルーズベルトという存在はこの世界から消滅したのです」

「そうか、よかった……。これで少しは、ルーズベルトに殺された人達の気も晴れる」

「ところで、もう一つご案内したい場所があるのです」

「何だ?」


 リリーは施設の更に奥へ、シグルズ達を案内した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る