開戦

 ガラティア帝国、レモラ王国に侵攻。その報は瞬く間に世界を駆け巡った。特に当事者とも言っていいほど事態に深く関わっているゲルマニアは、その対応に苦慮していた。


「さて……フリック大将、レモラ王国の戦況はどうなっている?」


 南部方面軍総司令官フリック大将に、ヒンケル総統は尋ねた。特に目立ったところのない平凡な男ではあるが、それ故に人を気遣い無難に仕事をこなす有能な人間である。


「はい。ガラティア帝国軍の魔導兵およそ五千がシケリア島に上陸し、これをほぼ抵抗を受けずに制圧、ビタリ半島本土にもすぐに上陸を仕掛けでしょう。しかし、北ヌミディア方面に集結した一万の兵力は、未だ動きを見せません」


 長靴に例えられるビタリ半島。そのつま先に当たるシケリア島は、僅か2日で完全に制圧された。革命後間もなく、国内の統制も取れていない新政権には、ガラティアの精鋭を相手にする軍事力はまるで確保出来なかったのである。


「ビタリ半島の対岸に陣取って動かない戦力がある、ということか」

「はい。しかし、既に侵攻している五千の兵力だけでも、十分にレモラ王国を滅ぼせるでしょう」

「なるほど。放っておけば、レモラ王国の滅亡は必至か」


 戦況は極めて一方的。レモラ王国ごときが超大国の一つであるガラティア帝国に喧嘩を売るなど、どだい無理な話だった訳だ。


「なれば、レモラ王国は我が国が全面的に支援しましょう。敵の兵力は所詮二万にも満たないもの。レモラ軍が我が軍と同等の装備を身に着ければ、撃退は容易いことです」


 ザイス=インクヴァルト大将は言った。彼は西部方面軍総司令官であり、本来はレモラ情勢に関わる立場ではないのだが、それは公然と受け入れられていた。


「……それは本気か? そこまでしたら、もうガラティアと戦争をしているも同じなのだぞ」

「元よりガラティア帝国の注意をエウロパに向けさせるのが我々の目的ではありませんか。何か不都合でも?」

「そうかもしれんがな……」

「それに、内戦の時とは違い、ガラティア帝国軍は完全な侵略者なのです。我々がレモラ王国を救援することは正義の執行に他なりません」

「侵略とは言うが、原因を作ったのはレモラの方ではないか?」

「例え喧嘩を売ったのがレモラであっても、先に手を出した方が悪いのです。万国公法とはそのようなものでは?」

「それもそうだが……」


 契約の不履行や詐欺などより暴行殺人の罪の方が重い。それはいかなる国においても共通の認識だ。故にレモラ王国に味方することは正義に味方することに他ならない。


「我が総統、何を及び腰になっておられるのですか。我が国の国益にも適い、かつ道議の上でも問題がないのであれば、レモラへの軍事介入には何も躊躇うことはありません!」

「我々が戦争を招いてしまったと言うのにか?」


 ゲルマニアがもっと早く、レモラ王国は枢軸国に加えないと確約していれば、この戦争は起こらなかった。因果関係だけを見れば、この戦争の責任の過半がゲルマニアにあるとは間違いない。


「だから何だと言うのですか。戦争を相手に仕掛けさせるなど外交の常套手段。その程度のこと、ガラティアも分かっているでしょう。何も後ろめたいことはありません。レモラ王国を支援し、ガラティアとの戦争に突入するのです!」

「君の意見はよく分かった。ちょっと、考えさせてくれ」

「……はっ。これは失礼を致しました」


 珍しく感情的になっていたザイス=インクヴァルト大将は、暫く黙ることにした。


「リッベントロップ外務大臣、君の見解はどうだね?」

「レモラ王国が侵略を受けていることは確かです。それを助けることは、大義名分としては十分なものでしょう。取り敢えず、侵攻を非難する声明でも出すのはいかがでしょうか」

「なるほど。では、まずはそれからだな」

「もっとも、あのアリスカンダルがその程度で引き下がるとは思えませんが」


 レモラを援助するに差し当たって、形だけでも対話による解決を目指そうとしたことにしておく。返事が来たのは僅かに1時間後のことであった。


「――これは戦争に非ず。いわんや侵略にも非ず。ゲルマニアの言動は事実無根である、とのことです」

「戦争ですらないと言いたい訳か。ガラティアは本気だな」

「ええ。しかしこれで、彼らが平和的な解決を拒絶したという言質が取れました。我々が軍事介入する条件は揃っております」

「…………分かった。それでは、ザイス=インクヴァルト大将の案を採り、我々はレモラ王国に軍事支援を行う。その指揮はフリック大将が執るのか?」

「それですが、戦争の指揮は経験豊富なザイス=インクヴァルト大将に任せようかと。私はこの大戦争が始まって以来、一度も実戦を指揮したことがありませんから」

「分かった。ではザイス=インクヴァルト大将、レモラ王国を守れ。やるからには負けるなよ」

「はっ。旧態依然のガラティア軍など一捻りでしょう」


 かくして戦争はガラティアとゲルマニアの代理戦争の様相を呈することになる。

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