ガラティアの行動
さて、ゲルマニアからの返答は保留という曖昧なものであった。アリスカンダルは当然、これに全く満足しなかった。
「ゲルマニアはレモラを枢軸国に入れるつもりなのか? そうと言うのなら、私は戦争を全く躊躇わないが」
「陛下、恐らくゲルマニアも苦しいのでしょう。レモラを裏切る訳にもいかず、我らを裏切る訳にもいかず、対応を練っているのかと」
スレイマン将軍はアリスカンダルを諌めようとする。
「であっても、レモラの枢軸国加盟は少なくとも否定出来る筈だ。内密にでもそれをしないということは、我が国に敵意を持っているのだろう」
「確かにそれは否定出来ません。しかし、我が国とゲルマニアは、特別に同盟を結んでいる訳でもありません。常に互いを警戒しているのは、決しておかしなことではありますまい」
「普段はそれでよいが、今回は既にある約定をゲルマニアが破ろうとしていることが問題なのだ。これは許容出来ない。もう一度ゲルマニアに要求せよ。公言はしなくてよいから、決してレモラを枢軸国には加えないと約束せよと」
「はっ」
ゲルマニアがそう約束することを、アリスカンダルは要求した。だがゲルマニアからの返答は彼を満足させるものではなかった。
「陛下、ゲルマニア側より通達です。レモラ側の意向が判明せざる限り、いかんとも断言することは出来ない、とのことです」
「ほう? あくまで我々に喧嘩を売るつもりか」
「陛下、どうかお怒りにならないでください。ゲルマニアもまた判断に迷っているのでしょう」
スレイマン将軍は何とかアリスカンダルの怒りを鎮めようとしたが、それは無理な話だった。
「レモラに知らせない形であれば、確約することは出来る筈だ。やはり許容出来ん」
「し、しかし……レモラは今や政権が交代しようとしているのです。その混乱期にあって、迅速な決定が出来るとは――」
「革命が起ころうが反乱が起ころうが、レモラはレモラである。我々との約定を違えようと言うのであれば、懲罰を加えねばならない」
「陛下、どうか今一度お考えを」
「くどいぞ、スレイマン将軍。私は最早決めた。これよりレモラに出兵する。戦の支度をせよ」
アリスカンダルの怒りの炎が消えることは最早ない。スレイマン将軍は説得を諦め、戦争をすることを決めた。一度戦争をすると決めれば、彼は非常に優秀な司令官である。
「……はっ。直ちに軍勢を集め、レモラ王国に出兵しましょう。しかし陛下、兵を出すとなればそれなりの名目が必要です。いかがなされましょうか」
「懲罰というのはダメか?」
「条約がある訳でもありませんからな。適当な事由とは言い難いでしょう」
「ではどうせよと?」
「ここはレモラが大混乱に陥っていることを利用し、未だビタリ半島に残るガラティア系住民の保護を理由に出兵するのがよいかと」
「そうか。まあ何でもいい。そこは適当にやってくれ」
自民族の保護を名目にしつつ、レモラ王国には中立を維持することを要求する最後通牒を突きつけ、ガラティア帝国はビタリ半島の対岸に軍勢を集め始めた。無論、そのような要求をガリヴァルディが呑む筈もなく、事態は一気に戦争へと進んでいった。
○
それから3日ほど。既にガラティア軍は出陣の用意を整え、レモラ王国との開戦まではあと一歩のところに迫っていた。アリスカンダルはこのような小規模な戦争に自ら出陣することはなく、帝都に留まっている。
「陛下! 申し上げます! ゲルマニア皇帝陛下より、陛下に向けて急げの電文が届いております!!」
「皇帝だと? 普段は蔑ろにしているクセに、困ったらその権威を使うのか。不遜な奴らめ」
「そ、それは……」
「ともかく、それを寄越せ」
「は、はっ!」
アリスカンダルはゲルマニアからの電文が書き留められた紙を手に取った。
「つまらん、思った通りの内容だ」
書かれていたのは、ガラティアが不法な武力による問題解決を図らないことに期待するというのと、レモラ王国を枢軸国に加えることは絶対にしないという内容であった。
「ゲルマニアがそう約束したのですか! であれば、もう戦争の必要などありますまい」
スレイマン将軍は突如として現れた朗報に大いに喜ぶ。これでレモラに出兵する理由はなかなったからだ。しかし、アリスカンダルには残念ながらその気はなかった。
「いいや、戦争は決まったこと。レモラ王国には予定通り出兵し、ガリヴァルディを潰す」
「……それは何故ですか? 最早レモラと戦う理由はない筈です」
「ゲルマニアは、今や信頼を失った。彼らが何を言おうとも、私は信用せぬ。故に我らの力で、レモラの中立化を強要するのだ」
「ゲルマニア皇帝陛下からのお言葉ですぞ? いかにヒンケル総統とて、それを無視することは出来ない筈です」
「皇帝などゲルマニアにおいては神輿に過ぎぬよ。何の意味もない」
「そうとは思いませぬが……」
「ともかく、レモラ王国が公式に中立化を宣言でもしない限り、戦争を止めることはせん。それとゲルマニアには、これは邦人救出の為の特別軍事作戦であるとでも言っておけ。中身のない言葉には中身のない言葉を返すまでだ」
今やレモラ王国が屈服する以外、戦争を回避する手段はないのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます