新たな謀略の建議

「確かに、反乱軍の支援など宣戦布告も同義かもしれません。しかし、ガラティア帝国が今から我々と戦争することと、ビタリ半島を手放すこととを比べれば、後者の方が遥かに軽いことは明白。全面戦争に踏み切るとは思えません」


 戦争になっても文句は言えないが、ガラティア帝国がそう判断することはないだろう。それがリッベントロップ外務大臣の考えであった。


「なるほど。とは言え、相手は世界征服を本気でやろうとするような狂人です。彼の逆鱗に触れれば、全面戦争も待ったなしかと思いますが?」


 ザイス=インクヴァルト大将は問う。アリスカンダルは決して合理だけで動く人間ではない。


「皇帝とは言え、何もかもを彼が決めている訳ではありません。余りにもガラティアの国益を損なうことであれば、家臣達が止めるでしょう」

「大八洲出兵がそれなりの合理性を持っていると?」

「唐土は人口も多く土地も豊かです。それを少しでも切り取ることが出来れば、ガラティアにとっては大きな利益になるでしょう。それ故に重臣達も承諾したものと思われます」

「そうであるのならばよいですがな」

「……とにかく、我々から全面戦争を仕掛けるのと、全面戦争になるかもしれない策を講じるのと、どちらが合理的かは考えるまでもありません」


 目的を達成し戦争を回避出来る可能性が少しでもあるのならば、そちらを選ぶべきである。流石のザイス=インクヴァルト大将もかれにも同意せざるを得なかった。


「うむ。少なくとも全面戦争よりはこちらを優先すべきだろうな。さて……リッベントロップ外務大臣、本当に戦争の危険を回避してガラティアを黙らせる方法はないのか?」

「アリスカンダル陛下は本気です。とても大八洲との戦争を止めるつもりはありません。そしてガラティア帝国の国益を考えても、中途半端に戦争を終えるのが最悪の選択です。犠牲を払って何も得られなかったというねは、彼らには許容出来ないでしょう」

「やはり、武力を使うしかないか……」


 ヒンケル総統は観念したように言った。平和的に事態を解決することは不可能だった。


「さて、ビタリ半島の独立運動を支援するとのことだったが、具体的にはどうするつもりだ? それに独立運動なぞがマトモに戦えるのか?」


 総統はリッベントロップ外務大臣に問う。実のところ総統自身は作戦の詳細を知らせれているのだが。


「はい。帝国外務省はかなり前から、現地の有力なる独立勢力と関わりを持ってきました。彼らはここ最近は表に出ていませんが、実力を蓄え、蜂起の好機を伺っています」

「その独立勢力とは?」

「ベニート・ガリヴァルディという男が率いている地下組織です。規模はおよそ2万人、ビタリ半島の全域に構成員を散らばらせて配置しています。そして彼らの一部は、一般的な貿易商のフリをして、我が国と情報、物資の交換を行ってきました。その経路を使い、彼らに武器を送り届けます」

「そのようなものの用意があったのですか。それは驚きですな」

「ええ。まあ実のところ、国家主導という訳でもなく、民間の接触を利用させてもらったものですが」

「何だそれは。聞いてないぞ」


 ヒンケル総統もこれは初耳であった。そしてリッベントロップ外務大臣が何を言いたいのか理解出来なかった。


「それについては、当事者の方々に説明して頂いた方がいいでしょう」


 外務大臣は目的の人を呼ばせる。数分して二人の女性が会議室に入ってきた。片方は見ればすぐに分かる、三角帽子を被った珍妙な格好の女性である。


「ライラ所長、君が関係あるのか。そして隣は……」


 少なくともヒンケル総統は初めて見る、ライラ所長とはまるで違って礼儀正しく、派手ではないが美しい服を着こなした女性が隣に立っている。


「大半の方にはお初にお目にかかります。エリーゼ・フォン・ハーケンブルクと申します」

「ほう。シグルズの姉上ですか」

「ええ。ザイス=インクヴァルト大将閣下には、弟が随分とお世話になったと聞き及んでいます」

「彼の魔法の才能と類稀な発想力こそ、帝国を救ったのです。お世話になったのは寧ろ私の方ですよ」


 やけに礼儀正しいザイス=インクヴァルト大将であった。が、それも束の間、すぐにいつもの調子に戻る。


「――それで、貴女とライラ所長にどういった関係があるのですかな?」

「端的に言いますと、ライラ所長が違法なものを欲しがったり違法なことをしたがったりしていたので、私が手を貸していたんです。それでガラティア帝国の非合法組織と取引することにしまして、縁を待ちました」

「……そこに法務大臣もいるのですがな」


 これには大将も苦笑い。


「つまりは、非合法なものを手に入れる為に非合法組織に手を結んだと言うことですかな?」

「ええ。まあ、もの自体は合法なものの方が流石に多かったですが。何せライラ所長が好き勝手するには予算が足りなかったもので」

「足りないというより、予算を申請出来なったのでは?」

「あー、まあ確かにそういうことも多かったかもしれませんね」


 ライラ所長のやりたいことは予算を付ける人間にはとても理解出来るものではなかっただろう

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