ヴェステンラントの反応

 ACU2315 3/11 ヴェステンラント合州国 陽の国 王都ルテティア・ノヴァ ノフペテン宮殿


「――皆さん、取り敢えず、ご報告があります」


 再び開かれた、黄公と黒公欠席の下での七公会議。司会を務める宰相エメは沈痛な面持ちで言う。


「えー、我が国の外務卿、ルーズベルト外務卿が死亡しました。彼の執務室に体の残骸が残っていたのですが、体はほとんど粉々になって見つからず、詳細は不明です」


 ヴェステンラント側から見れば、ルーズベルト外務卿の死は突如として執務室が大爆発を起こしたという、全く不可解なものであった。真相を知るクロエもこの場にいるが、知らん顔で押し通る。


「あのような小物、一人や二人死んだところで変わりはせん。何も問題はない」


 赤公オーギュスタンは言った。


「……確かに政策決定においての影響力はありませんでしたが、各国大使館の運営など、外交の実務はルーズベルト外務卿に任されていました。その点についてはどうするのですか?」

「雑用など適当な人間に任せておけばよかろう。ルーズベルトの部下でも外務卿に任命するがいい」

「そうかもしれませんがね……。ともかく、一つ目の報告は以上です。そして、続いてが本題です。ゲルマニアから和平の提案が来ました」


 ヴェステンラントの明日を左右する重大な問題である。オーギュスタンの眼光が鋭くなる。


「ほう。負けた途端に和平とは、連中も随分と弱気になったものだ」

「彼らの気持ちなど知りませんが、一先ずゲルマニアの要求をそのままお伝えします」


 ゲルマニアからの要求、条件は単純である。クバナカン島の返還と引き換えに、賠償金の支払い、エスペラニウムの輸出、不可侵条約の締結、枢軸国への加盟を求めるというものであった。当然、これはクバナカン島と釣り合うものではない。


「なるほど。では一つずつ整理していくとしようか」

「ええ」

「まず賠償金の支払い。これは一向に構わぬ。我らにとって金銀財宝は大した意味を持たんからな」

「確かに、その通りですね」


 彼に国を豊かにするという発想はなかった。魔法の研究によって諸外国と渡り合えればそれでいいというのがオーギュスタンの考えである。これが七公の総意という訳ではないが、まずは条件を確認していく。


「次に、最も受け入れ難いのはエスペラニウムの輸出だ。我が国のエスペラニウムを外国に明け渡すなど断じてあり得ぬ」

「私もそう思います」

「待て、オーギュスタン。それは妥協出来るんじゃないか?」


 陽公シモンが反論した。


「ほう? エスペラニウムは我が国の神聖なる資源なのだぞ。それをむざむざ敵国に渡すのか?」

「エスペラニウムに神聖も何もあるものか。ゲルマニアで採れるエスペラニウムもヴェステンラントで採れるエスペラニウムも同じだ。それに、ゲルマニアと貿易を行うことは、相互の安全保障にも繋がるではないか」

「互いに依存し合えば戦争は起こらんと言うのか」

「ああ、その通りだ。それに我が国のエスペラニウムは余りに余っている。多少を輸出に回したところで何の不都合も生じまい」

「……まあいい。この件は一先ず置いておこうじゃないか。次の問題だ。枢軸国への加盟、そして不可侵条約の締結。これはほぼ同じものだと考えてもよいだろう」


 今や世界に存在する国家の半分程度が加盟する枢軸国。今は軍事同盟としての色が濃いが、戦後は世界的な問題を話し合いによって解決する機関になると喧伝されている。果たしてそれが本当かは誰にも分からないが。


「それで、お前はどう思うんだ?」


 シモンはオーギュスタンに尋ねる。


「先程の条件よりはまだ受け入れられるが、これも受け入れ難いな」

「何故だ? せっかく世界がマトモな方向に動こうとしているんだ。我々も責任ある大国として参加するべきだ」

「お前は敵国を信じるのか? 枢軸国などという眉唾もの、信じるに値せん」

「例え枢軸国がロクなものでなくても、それなら我々が中から変革すればいいじゃないか」

「楽観論だな。それに、仮に枢軸国が宣伝通りの平和の使者だとしても、それは我が国にとって不利益にしかならない。我々が武力を用いた途端、全世界に宣戦事由を与えてしまうではないか」


 全てを話し合いで解決することを掲げる枢軸国。そんなものに加盟してしまったら、ヴェステンラント合州国は武力を封印されてしまうだろう。オーギュスタンはそれが気に入らないし、シモンはその方がよいと思っている。


「……お前、どうして戦争をする前提なんだ。そういう問題も対話で解決しようとは思わないのか?」

「建国以来、合州国の国是は気に入らない奴は殴り殺せだ」

「そんなもの聞いたことがない」

「明文化されている訳ではない。そのくらい察しろ」

「確かに我が国の歴史は暴力に塗れているが、だからこそ、その負の歴史は終わらせるべきだ」

「合州国の歴史を愚弄するのか?」

「そんなつもりはない」

「ふっ、これはただの冗談だ。ともかく、賠償金以外は意見が割れていることがよく分かった。会議は一歩進んだではないか」

「それはよかったな」


 司会の筈のエメを無視して会議はまだまだ踊る。

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