第五十九章 外交展開

外交の時

 ACU2315 3/9 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「――このように、我々西部方面軍はヴェステンラント王都攻略には失敗しましたが、最小限の損害による撤退を完了させ、現在はクバナカン島を要塞化して敵の反撃に備えております。もっとも、制海権は完全に我が方にありますから、クバナカン島は安泰でしょう」


 ザイス=インクヴァルト大将はオーベルヘーア作戦の顛末をヒンケル総統含む上層部の面々に説明した。が、当然、不満を持つ者は多い。総統も今回ばかりはザイス=インクヴァルト大将を擁護しきることが出来なかった。


「大将、たった1日で10万人が死んだというのに、それを最小限の犠牲と言えるのか?」


 ヴェステンラント軍による逆包囲作戦、海王星作戦によってゲルマニア軍は多大な損害を被った。


「やもすれば30万が文字通り全滅していた可能性もあったのです。それと比べれば、十分に許容出来る損害であるかと。それに帝国陸軍は、常備だけでも150万、総動員をかければ300万は動員することが可能です。大した損害ではありますまい」

「ヴェステンラント派遣されたのは帝国軍の中でも精鋭部隊だと聞くが?」

「戦いとは物量と鉄量です、我が総統。昨今の戦争においては英雄的な活躍を行う兵士や部隊は必要ないのです。今や兵士は均質化され、数と戦略が全てを決します」


 これは嘘だ。いくら高度な組織を作り上げても、経験者の存在は常に必要不可欠である。精鋭を失うのは、その額面戦力以上の損失を軍に与える。


「……まあいい。今は君の進退の話をしている場合ではないからな。とにかく、ヴェステンラントとの和平だ。何か提案がある者はいるか?」

「で、では、財務省から一つよろしいですか?」


 クロージク財務大臣は言う。


「ああ、何でも言ってくれ」

「はい。我が総統のお考え通り、財務省から強く、可能な限り早い講和を要請します。帝国の経済は今や限界です。これ以上の戦争には耐えられません」

「うむ。労働省などはどう思うんだ?」


 ヒンケル総統は白衣の女性クリスティーナ所長兼労働大臣に尋ねた。


「え、はい。確かに、帝国は限界に近いですね。既に兵士以外の人間はほぼ全て、軍需産業か衣食住の最低限必要な業種に従事しています。まあ食糧生産は既に足りておらず、ガラティアからの輸入に依存していますが。ともかく、帝国の産業の多様性は相当に失われ、戦後の復興には十年単位でかかるでしょう」

「ふむ。だが総動員態勢を維持することは可能なのだな?」

「ええ、まあ。食糧を輸入に頼ることを維持出来ていると表現するのならば、その通りです」

「お、お言葉ですが、帝国の財務は大赤字です! これ以上の戦争遂行は不可能です!」


 クリスティーナ所長は大したことなさそうに言うが、クロージク財務大臣としてはこれ以上の戦争遂行には大反対であった。まあ金がないと何も出来ないので、財務大臣の意見の方を優先すべきだろう。


「まあまあ、早期講和の大方針に変わりはない。その上で、外務省の見解はどうだ?」

「はっ。私からお答えさせていただきます」


 リッベントロップ外務大臣は立ち上がって恭しく礼をする。


「現状、我が国は西部方面軍の活躍により、ルテティア・ノヴァの目と鼻の先、クバナカン島を支配しています。これは講和を結ぶ上で大きな利点となるでしょう。クバナカン島と引き換えに、賠償金など様々なことを要求することが――」

「お待ちください」


 話の途中で口を挟んだのはザイス=インクヴァルト大将。


「おや、どうされましたか?」

「クバナカン島は我が国の安全保障上、領有すること不可欠です。交換材料にすることは不可能です」

「……国境紛争程度ならともなく、遠く離れたクバナカン島を割譲させられるとお思いですか?」

「そうしなければなりません。それに、遥々ヴェステンラントまで攻め込んで何も得られませんでした、では、臣民が満足しますまい」

「賠償金を得られれば臣民は十分満足するのではないでしょうか?」

「そのような形のないもので臣民が満足するとは思えませんがな」


 クバナカン島の処遇を巡って軍部と外務省の間で大きな意見の隔たりがあった。実力で勝ち取ったクバナカン島を手放すなど論外であると考える軍部と、取引の材料に使いたい外務省であった。


「まあまあ、一旦矛を収めてくれ」


 ヒンケル総統は仲裁に入った。


「ザイス=インクヴァルト大将、軍には悪いが、クバナカン島の領有は現実的とは言えない。そして賠償金をふんだくることが出来れば、我が国の大きな利益になる。賠償金が取れれば臣民も満足してくれると思うぞ」

「……そうですか」

「軍がクバナカン島を奪ったお陰で、我が方に有利な講和を結ぶことが出来るのだ。決して兵士達の犠牲は無駄ではない」

「分かりました。兵らへの労い、感謝します」

「うむ。ともかく、この方針で行こう。領土の拡大はなしだ。そして金銀財宝を腐らせているヴェステンラントから富を搾り取る」

「我が総統もなかなか嫌な言い方をされますな」


 ゲルマニアの外交方針は決まった。もう講和を結ぶには十分な戦果を手に入れたと言えるだろう。

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