個人的な復讐Ⅱ

 銃声が響く。かくしてルーズベルト外務卿の頭は吹き飛び、彼は簡単に死ぬ、筈であった。


「……生きてる、のか」

「銃程度でこの私を殺すことは出来ませんよ?」


 ルーズベルト外務卿の眉間には焼け焦げたような黒い傷がついていたものの、それだけであった。対人徹甲弾に撃ち抜かれない人間など存在しない。


「やはり、人間ではないということか」

「おや、私達が人間ではないと聞いてはいなかったのですか?」

「肉体まで人間ではないと思っていなかったんだ」


 一旦銃を降ろしたシグルズ。大天使をそう簡単に殺すことは出来ないようだ。であれば、色々と聞いておきたいことがある。


「さて……お前には聞きたいことがある。西暦1941年、どうしてお前は日本に戦争をけしかけた?」

「何を異なことを。戦争を始めたのは日本ではありませんか。もしかして真珠湾攻撃などをご存知ではないのですか?」

「知ってるに決まっている。そしてそんな詭弁に興味はない。お前が日本を経済的に追い詰め、やむなく戦争に至ったんだ。質問を変えよう。どうして日本を挑発した? 答えろ」


 何百万という無辜の人々が死んだ大東亜戦争。その責任の少なくとも半分以上はこの男にある。この男が何百万というアジア人を殺したのだ。


「ふむ……ではお答えしましょう。私がこの世界に存在している目的は、この世界に争いを、殺し合いを、戦争を起こすことなのです。私はただその目的に従い、日本とアメリカの戦争を起こした。ただ、それだけのことです」

「ははっ、誰でもよかったって奴か。戦争が出来るのなら誰でもよかったと?」

「ええ、その通りです。私には日本に対する恨みはありません。ただちょうどいい位置、外交関係に日本がいただけのこと。まあ私が世界に死を運ぶ為に造ったアメリカ合衆国については、気に入っていましたがね」

「そんな理由で、お前は多くの人々を殺したのか? お前の心は痛まなかったのか?」

「我々には心などありません。我々はただ目的を達成する機械なのですから」


 取り付く島もなさそうだ。この男に心というものはない。


「……ならば、お前はどうして戦争を起こすなんてことを目的にしているんだ? それをお前に命じた者がいるのか?」

「ええ、その通りです。私は神の命を受け、この世界に戦乱をもたらしました。あなたをこの世界に転生させた神ですよ」

「神、か。随分と狂った神がいたもんだ」

「神は狂ってなどはおりません。狂ったのはあなた方人間ですよ。人間が神への信仰を失ったから、私はこのような行動を起こさねばならなくなったのです。人は死に瀕して初めて、信心を取り戻すのです」

「神への信仰を取り戻させる為に戦争を起こしたって言うのか。神は世界を平和にしてくれるんじゃなかったのか? とんだ信じる価値のない神だな」

「神こそが絶対。神を信じることこそが正義。神を信じぬ者は死するべきです」

「……話にならないことはよく分かったよ。やはりお前のような奴は死んだ方がいい」

「おやおや」


 シグルズは戦車砲を造り出し、その人間の手を広げたのと同じくらいの砲口をルーズベルト外務卿に突きつけた。


「流石にこれの直撃を喰らえば死ぬだろう。二度とお前の顔を見なくて済む」


 ルーズベルト外務卿の最期の言葉などを聞くこともなく、シグルズは砲弾をぶっ放した。ルーズベルトの上半身は執務室ごと吹き飛んだ。


「さて……世界は少し綺麗になった。戻るとしよう」


 シグルズは秘密の地下通路に戻り、とっともノフペテン宮殿から脱出した。


 ○


 この時間はクロエとシグルズが交渉しているという体になっていたので、二人は合流して話し合いらしい場を持った。


「――それで、ルーズベルト外務卿は殺したんですか?」

「ああ。残骸も残らないほどに殺してやった」

「あら、一撃で殺しちゃったんですか」

「まあ、ちょっと事情があってね。で、この話はもう終わりにしよう。僕達の部隊は一触即発の状態だからね」


 クロエ率いる軍勢とシグルズとヒルデグント大佐率いる機甲旅団はずっと睨み合っている。


「シグルズ、私は何事もなかったかのように帰りたいんですが、どうです?」

「それは僕達にとっての利益が大きい条件だね。僕はそれで構わないが、敵をみすみす取り逃して、君はいいのか?」

「私自身は構わないのですが、部下達がそう簡単に受け入れてくれないのです。そこで、何かどうでもいいものを、こちらに戦果としてくれませんか?」


 形だけでもゲルマニア軍に条件を突き付けないと、クロエは部隊を撤退させることも出来ないのであった。


「なるほど、分かった。ならば壊れかけの戦車を数両、君達にあげよう。研究用の戦車を確保したっていうのは、悪くないんじゃないのかな?」

「なるほど。ではそういうことにして、休戦としましょう」


 ゲルマニア軍に戦車を差し出させるということにして、クロエは撤兵に応じる。どうせヴェステンラントが戦車を手に入れたところで研究など出来ないだろう。シグルズにとっては何も失っていないも等しい。


 かくして部分的な停戦が成立。ゲルマニア軍は順調に撤退を続けるのであった。

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