市街戦再びⅣ

 一方その頃、ヒルデグント大佐率いる親衛隊機甲旅団もまた、シグルズと同じように激しい戦闘を展開していた。親衛隊機甲師団の一部が残留したのがこの部隊である。


「突撃!! 一人残らず殺し尽くしなさい!!」

「「おう!!」」


 ヒルデグント大佐もやっていることはシグルズと同じく友軍の救援であるが、その手段はより苛烈であった。兵らは敵の重騎兵に向けて突撃銃を乱射しながら突っ込み、即席の槍やら棍棒やらで馬上から魔導兵を叩き落とした後に射殺する。文明国のやることとは思えない野蛮な突撃であり、犠牲は確実に出るものの、効果は高かった。


「周辺の掃討は完了しました。敵の生存者はおりません」

「よくやってくれました。しかし、敵の数が段々少なくなってきている気がしますね」

「戦いが続けば敵も味方も減っていくのは当たり前のことではありませんか?」

「それはそうですが、こんな目に見える程に減ったら、普通は撤退するものです。となると……敵はどうやら、私達に損害を与えることを最大の、そして唯一の目的としているようです」

「な、なるほど……」


 オステルマン中将と同じ結論に至ったヒルデグント大佐。この戦いのヴェステンラント軍の異常さは、現場の兵士にも十分感じられるものであった。


「この勢いならば、戦いの収束はもうまもなくでしょう。私達のすることは特に変わりませんが」

「はっ。我が総統に弓引く愚かな敵を殲滅しましょう」

「ええ。次の敵が待っています」


 ヒルデグント大佐は休むことなく敵を殲滅した。そして戦いは当初思われていたより急速に収束していった。戦える人間が死に絶えたからである。


 ○


 相変わらずノフペテン宮殿の一角で読書を楽しむ赤公オーギュスタン。海王星作戦の指揮は当然彼が執っている。


「殿下、第二部隊及び第三部隊は完全に壊滅しました。撤退の許可を求めていますが」

「成果は十分だ。許可する」

「はっ。しかし、この戦いで3万人は死にました。遺族への補償など、問題は山積みです」

「何、気にすることはない。ヴェステンラントの土地は余りに余っている。適当な補填を見繕えばよかろう。そこら辺はシモンにやらせておけ」

「はっ。そのようにシモン様に伝えておきます」


 ヴェステンラント軍は本作戦に投入した全部隊が壊滅したところで作戦の完了を宣言した。これはオーギュスタンの望んだ通りの結果であった。


 ○


「閣下、敵が逃げ出し始めました。どうやら我々の勝利のようです」


 ヴェッセル幕僚長はオステルマン中将に報告する。全ての戦線で乱戦を続けていた敵軍が一斉に逃げ出し始めたのである。


「防衛線が突破されることはなかったが、これが勝利な訳がないだろう」

「……ええ、まあ。そもそも我々の目的は安全に逃げることでしたからね。完全に失敗と言わざるを得ませんが、兵士向けには作戦は成功したと言わざるを得ません」

「まあな。で、一体何人死んだ? ぱっと見では8万は死んだようだが」

「そのくらいかと。正確な数字については、指揮系統がかなり混乱している為に、不明です」

「人の数すら数えられんとは、完全に終わりだな」

「と、とにかく、敵がまた攻撃してくる前に、全軍の撤退を進めましょう」

「ああ。そうしてくれ。メヒクトリ港まで戻れば、戦艦の援護がある。そこまで戻れば安全だ」

「ええ……」


 ルテティア・ノヴァに攻め込んだ30万のゲルマニア軍は壊滅的な損害を被り、とても攻勢を維持出来る状況ではなくなった。オステルマン中将は全速力で撤退を開始させる。


 ○


「本当に酷い有様だな……。これでも僕達はマシな方ってことか」


 街道に指揮装甲車を走らせながら、シグルズは辺りを見渡す。第88機甲旅団もそれなりに損害を受けているものの、周辺の師団は大量の負傷者と死体を運び、さながら野戦病院のような有様になっている。


 意気揚々とルテティア・ノヴァに攻め込んだ時の面影はどこへやら、彼らの顔は暗く、閉塞した空気が支配している。が、その時であった。


「え、これは……」


 見たくないものを見てしまったと言わんばかりのヴェロニカの声。


「どうした、ヴェロニカ?」

「東から多数の魔導反応を確認しました! 規模は1万程度かと!」

「まさか、ここで襲撃を仕掛けて来るって?」


 ゲルマニア軍の大半はもう戦える状態ではない。取り敢えず、シグルズはすぐさまこのことをオステルマン中将に報告した。


『……分かった。我が軍でマトモに戦える状態なのはお前達と親衛隊くらいだ。食い止めて、いや撃退してくれるな?』


 選択肢はない。シグルズとヒルデグント大佐が戦うしかないのである。


「はい。合わせれば兵力はおよそ1万2千。十分に勝てます」

『ああ、任せた』


 オステルマン中将は申し訳なさそうに言った。


「よし……。僕達は敵軍の迎撃に向かう。ここが正念場だ」

「兵力が上回っているのなら何とかなるだろう」


 第88機甲旅団と親衛隊機甲旅団は街道を外れ、迫る敵軍の迎撃に向かった。


「敵は……白の国、クロエか」

「白の魔女とは面倒な相手だな」


 相手は大半が黒い鎧の重騎兵であるが、チラホラと掲げられている軍旗から、相手がクロエであることが分かった。

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