市街戦再びⅢ

「周辺の魔導反応、消滅しました!」

「ようやくか。とは言え、これは酷い有様だな……」

「はい、そうですね……」


 4つ目の大隊を救援したシグルズ。しかし救援したとは言っても、辺りには燃え上がる車両の数々と無数の死体が散らばっていた。第88機甲旅団のものではなく、ここを担当していた部隊のものである。


「勝ったはいいけど、生き残りはいるのか……?」

「ま、まあ、少しはいるようですが……」


 僅かに生き残った元の部隊の兵士達。シグルズは彼らに状況を尋ねてみることにした。


「第88機甲旅団のハーケンブルク少将だ。君達は第42師団の者か?」

「は、はい。少将閣下、救援には感謝してもしきれません……」

「君達の上官はどこに?」

「それは、その……我らが師団長殿は戦死されました。大隊長殿も、同じく……。今いる中で一番階級の高いのは、中隊長殿になります。呼びましょうか?」

「……いいや、いい。それだけで状況はよく分かった。君達は陣形を再構成し、敵の襲撃に備えろ」

「そ、そうは言われましても……」


 壊滅した部隊。兵力は激減し、指揮系統も崩壊寸前である。そんな部隊がいくら努力したところで、魔導兵の襲撃には耐えられないだろう。


「分かってる。まあ、何もしないよりはマシだろう。それに、ここにいるフリをしておくだけでも敵軍の動きをある程度は制約することが出来る」

「は、はあ」


 部隊が壊滅したと知られれば、敵はここに戦力を集中してくるだろう。部隊が健在なフリをしておくだけでも意味はある。


「じゃあ、頑張ってくれ。僕達は他の部隊を救援に行かなくてはならない」

「ご武運を……」

「ああ、君達も」


 シグルズは兵士を率いて更に軍を進める。


 ○


 一方その頃。オステルマン中将の司令部にて。


「閣下、西部戦線は壊滅寸前です。ハーケンブルク少将が善戦していますが、とても間に合ってはいません」


 ヴェッセル幕僚長はオステルマン中将に報告する。


「とは言うが、突破されてもいない。敵も壊滅寸前だということだな」

「確かに、そうとも言えますね」


 師団長級の人間が次々に戦死している。これほどに壊滅的な戦況に陥るのは帝国軍の歴史でも数少ないことだろう。しかし決定的な敗北には至っていない。これは敵もまた同等の壊滅的な損害を被っているということだ。


「万単位の人間を動員して自爆まがいの攻撃を繰り出すとは……。敵は何を考えているのでしょうか?」


 敵と刺し違えるというのは軍記物語などでよくある美談だが、軍事的には全く無価値な行為だ。そんなことをするくらいなら態勢を立て直して再戦を挑むべきだろう。


「ハインリヒ、もっと物事を広く考えないとダメだぞ?」

「……と、言いますと?」

「ヴェステンラント軍は元より、戦力の半分近くを本国に温存していたじゃないか」

「ああ、なるほど。本土で兵士を失おうと痛くも痒くもない、ということですか」

「そうだ。奴らの戦力は、ここではほとんど無尽蔵と言ってもいい。ヴェステンラント軍を舐めていたな」


 ヴェステンラント軍は補給の都合上、海を越えた戦争には動員可能な兵士の半分程度しか送り込めない。つまり本土で十万以上の魔導兵を失おうとも、外征に大した影響は与えないのである。ヴェステンラント軍が組織的な自爆攻撃に躊躇いがないのはそれが理由だろう。


「そうなると、我々には勝ち目がないと言わざるを得ませんね」

「はっきり言ってくれるじゃないか。だがまあ、こればかりはザイス=インクヴァルト大将が読みを誤ったと言わざるを得ないな」

「ええ……」


 オステルマン中将の言葉は、ほとんどオーベルヘーア作戦の失敗を認めたようなものだった。ヴェステンラント大陸での戦いは、ゲルマニア軍には余りにも不利である。


「もう上陸部隊の壊滅は目に見えている。ヴェステンラント大陸からの撤退、オーベルヘーア作戦の中断を、ザイス=インクヴァルト大将に具申するしかないな。ハインリヒ、やってくれるか?」

「こういうことは中将閣下が直々に申し上げた方がいいかと」

「…………分かった。私が言おう」


 ザイス=インクヴァルト大将の作戦に大きな問題があったとは言え、一言で言えば作戦を失敗しましたと報告する訳だ。誰もこんな報告はしたくない。が、そうしなければ全員犬死にだ。


 ○


「――という訳です、大将閣下。よって、ヴェステンラント大陸からの撤退、クバナカン島への後退を具申します」

『状況は、理解した。これは、ヴェステンラント軍の能力を過小評価していた、私の過失によるものだな』


 珍しく言葉に詰まりながら話すザイス=インクヴァルト大将。


「誰に責任があるとかいう話は後にしましょう。とにかく、ご決断を。戦えと仰るのならまあ最後の一兵になるまで戦いますが」

『そんな馬鹿なことを命じるものか。王都ルテティア・ノヴァ攻略、オーベルヘーア作戦は完全に失敗した。クバナカン島に全兵力を撤退させ、守りを固めよ』

「はっ。クバナカン島を維持する目的も、今や微妙ですが」

『それなら意味はあるとも。もうじき行われるだろう講和交渉で、我が国の有利になる』

「そうですか。政治についてはお任せします」


 今からオステルマン中将の仕事はいかに上手に撤退するかを考えることだ。

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