共闘

「――という訳だ。我が軍はこれより、両軍にとって共通の敵が排除されてから3時間までの間、ヴェステンラント軍との休戦に応じる」


 再び対面したシグルズとクロエ。シグルズはオステルマン中将の決定を伝えた。


「懸命な判断です。しかし、協力はしてくれないのですか」

「一体何年殺しあって来たと思ってるんだ? そう簡単に手を取り合える訳がないだろう?」

「そうですね。休戦に応じてくださっただけで十分です」


 協力というより、レリアが処理されるまでの間の相互不干渉。それが両軍の妥協点であった。が、それはあくまで公式の話である。


「とは言え、勝手に手を組むのなら問題はない」

「と言うと?」

「僕達は君に手を貸そう。敵は僕達にとっても脅威となる存在だ。手っ取り早く消すのに越したことはないからね」

「なるほど。それは面白いです。たまには手を組むこととしましょうか」

「ああ。よろしく頼むよ」


 シグルズとクロエはお互いの手を握った。もっとも、お互いの行動を監視するという目的が裏には隠れているのだが。


「さて、レリアの位置は分かっています。彼女の許に向かいますか?」

「ああ。部下に伝えたらすぐに行こう」


 シグルズは一旦、第88機甲旅団の面々にそのことを報告しに戻った。


「師団長殿だけで行くのか?」


 早速そう尋ねるオーレンドルフ幕僚長。


「ああ。敵は非常に強力な魔女だ。下手に人を送り込んでも返り討ちにされるだけだ」

「私は力不足、ということか」

「個人の戦闘能力においては、そうだ。だが勘違いしないでくれよ。僕は君の指揮能力を高く買っているんだ」

「冗談だ。自分の力量くらいは分かっている」


 オーレンドルフ幕僚長は一人の兵士としても卓越した能力を持っているが、レギオー級の魔女と正面から殴りあえるほどの力はない。留守番に回るのが一番なのは、本人が一番分かっている。


「しかし、ヴェロニカは連れていった方がいいんじゃないか? 彼女ならば、何か役に立つかもしれない」

「わ、私ですか?」

「ああ。どう思う、師団長殿?」

「それはそうかもだが……」


 確かにヴェロニカには何か特別な才能を感じなくはない。が、シグルズは彼女を危険に晒すことは出来なかった。


「いいや、ヴェロニカも留守番だ。敵の魔法と相性が悪い」

「わ、分かりました……」


 残念がるヴェロニカ。しかし、敵の魔法がナイフで叩き落とせる類のものでない以上、危険が大き過ぎるのである。


「さて、という訳で、僕が一人で言ってくる。第88機甲旅団は、君達に任せる」

「ああ、案ずるな」

「は、はい」


 かくしてシグルズは一人、クロエと共に飛び立った。クロエもスカーレット隊長などが一緒に行きたがっていたが、置いてきたようだ。


 銃声も怒声も途絶えたノフペテン宮殿の上空を飛行する二人。これで殺し合っていないのは違和感しかない。


「ところで、マキナは置いてきたのか?」

「いえ、彼女はいますよ。マキナ、出てきてください」

「はっ」


 マキナは若干不服そうな声で返事すると、シグルズのすぐ隣に姿を現した。ずっと透明化の魔法を使って隣にいたらしい。


「え、何、近いんだけど」

「貴様がクロエ様に何かしようとしたら直ちに首を斬り落とす為だ」

「ヴェロニカを連れてきた方がよかったかな」

「マキナ、彼は今は味方です。そんな敵愾心を向けないでください」

「――はっ。申し訳ございません。では、私はこれにて」

「はあ……」


 マキナは再び空気に溶けた。真横にいるというのに目を凝らしても全く分からない擬態技術には驚くばかりだ。


「まあいいか。ところでクロエ、一つ聞いてもいいかな?」

「何ですか?」

「光の魔法は分かったけど、闇の魔法っていうのは何なんだ?」


 女王ニナが使うらしい闇の魔法。そんな厨二病的な代物について真面目に考察したことはなかったが、同じ類の光の魔法が実態を持った魔法だった以上、闇の魔法とやらも実在するに違いない。


「ああ、その話ですか。申し訳ありませんが、私も知らないんですよ。女王陛下は自分で戦いませんし、戦う時はいつも敵地なので誰もその姿を見たことがないんです」

「だからって、味方の魔法も知らないなんてことがあるのか?」

「ええ、本当です。闇の魔法なんてものが存在するのかすら、多分誰も知りませんよ。第一、闇というのは光がない場所のことで、そこに実態はありません。意味不明です」


 何故か苛立った口調で語るクロエ。女王の秘密主義というか、女王としての責務を放棄していることに本気で怒りを覚えているようだ。嘘を吐いているという風ではない。


「そうか。だったら……光を奪う魔法、とかだろうか。でもそれも意味不明だ」

「光を奪うですか。目を潰せばいいのでは?」

「怖いことを言わないでくれよ」


 まあシグルズの魔法があれば眼球を潰されても再生するのは不可能ではないが。


「おっと、シグルズ、レリアはあの辺りにいるようです」

「そのようだね」


 銃声の途絶えた筈の宮殿でただ一箇所。激しい銃声と兵士達の罵声が響き渡っている。親衛隊がレリアと初めて遭遇した場所にほど近い。

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