大御前会議Ⅲ
「――そこら辺で一旦終わりにしたまえ。私としても、確かに盟友である大八州が戦っている中で戦争を放棄するのは、心苦しいものだ。とは言え、そんな感情論で戦争を拡大させる訳にはいかない。私は、いや我々は皆、全てのゲルマニア臣民が幸福に暮らせる国を造るのが義務なのだから」
ヒンケル総統はザイス=インクヴァルト大将とリッベントロップ外務大臣の言い合いを断ち切った。とは言え、大雑把に言えばリッベントロップ外務大臣の主張の方が認められた形になるが。
「さて、他には何かあるか?」
その後、細々とした認識の擦り合わせが行われ、この大会議場にいる概ね全ての人間が、現状について認識を共有することが出来た。
「――さて、では本題に入ろうか。ヴェステンラントを攻めるべきか、攻めざるべきか、ここで決める。もっとも、ここまででかなり議論も進んだ気がするが」
認識を合わせるという名目で話を進めてきたが、その過程で尖った思想が淘汰された気がする。あまり健全な話し合いではないが、この際は時間の節約となってよいだろう。
「そう言えば、我が総統、結局のところはどう結論を出すおつもりなのですかな? とても総意を得られるような状況とは思えませんが」
カイテル参謀総長は尋ねる。確かに意見の隔たりは深刻であり、とても全員共通の結論に至ることなど出来そうもない。今回の議題は折衷案が存在するような性質ではないのだ。
「そうだな……。かくなる上は、皇帝陛下よりご聖断を頂く他ない、か」
「ほう? 余が決めてよいのか?」
「はっ。陛下がよろしいのであれば、帝国の命運を握る最終的な決定は、陛下に委ねさせて頂きたいと存じ上げます。陛下のお言葉であれば、誰も逆らうことは出来ません」
「そうか。ではよかろう。もっと話を聞かせよ」
「ははっ。ありがたき幸せ」
いつもの閣僚や軍人達だけならまだしも、帝国の上層部のことごとくが集まるこの会議。最終的に纏める方法は皇帝による聖断しかないと、ヒンケル総統は皇帝に責任を丸投げすることにした。まあどこまでが事前の仕込みなのかは本人達しか知らないが。
「――さて、それでは諸君、皇帝陛下に献策するのだ。相応しい人間を選ばねばな」
会議は皇帝にそれぞれの派閥から献策を行い、皇帝がどちらかを選ぶと言う形式になった。誰が皇帝に進言するかと言えば、特に捻りはなく、ザイス=インクヴァルト大将とリッベントロップ外務大臣が選ばれたのであった。
2時間ほど各陣営で調整を行った後、両者は皇帝の御前に進み出て、それぞれに主張を奏上した。ザイス=インクヴァルト大将は長期的な安全保障に繋がる利を、リッベントロップ外務大臣はこれ以上の戦争は耐え難い負担であると述べる。
「――両名の話はよく分かった。共に我が国のことをよく考えてくれているな。その忠君愛国の志は、とてもよい。だが、あえて双方の主張に優劣を付けるのであれば、余はリッベントロップ外務大臣の策こそ帝国の現状に相応しいと思う。ヒンケル総統、そのように、頼むぞ」
「ははっ。陛下の思し召しのままに」
かくして、帝国は戦争から離脱することが決定されたのであった。
〇
ACU2314 7/16 帝都ブルグンテン
「号外! 号外! 帝国はヴェステンラントに攻め込まない!」
ヒンケル総統が告示した方針は、瞬く間に帝国全土に知れ渡った。市民は次々と、大量に刷られた新聞を手に取った。
「私達がこんなに苦しんでいるのに、奴らには何もしてやらないって言うのか……?」
「ああ、そうみたいだな。ヒンケルはもう戦う気はないらしい」
「そんなの認められないだろ……。ここまで来て、奴らと和平だと?」
「ああ、そうだ。ヴェステンラントに制裁を下すんだ!」
「そうだそうだ!」
ヒンケル総統は国民の幸せを願ってこの決定を下したのだが、その国民は戦争の終結を全く望んではいなかった。
〇
3日後。
「和平反対!」
「「「和平反対!!!」」」
「ヴェステンラントを叩き潰せ!」
「「「叩き潰せ!!!」」」
帝都の真ん中で、数万人の群衆が行進していた。彼らはヴェステンラントとの和平に断固として反対し、戦争の継続を訴えていた。
「直ちに解散せよ! さもなくば皇帝陛下への反逆者と見なし、ここで殲滅する」
直ちに帝都を守備する親衛隊3千が出撃し、バリケードを築いて群衆に小銃と機関銃を向け、その行先を塞いだ。それを指揮するは、今回の御前会議の為に帝都に戻っていたカルテンブルンナー全国指導者である。
自らに向けられた無数の銃口を前に、人々は立ち止まる。よく統制の取れた連中である。
「か、閣下、これほどの群衆に発砲などすれば、帝都は大混乱に陥らざるを得ません。武力での鎮圧は、控えるべきかと……」
「一人残らず殺し尽くせば何の問題もない。とは言え、我が総統はよくは思われないだろう。総統からの許可があるまでは攻撃はせんよ」
「はっ」
流石のカルテンブルンナー全国指導者も、これほどの帝国臣民を殺すことには躊躇いがあるようだ。
「が、これ以上は一歩も進ませはしない。向こうから仕掛けてくれば、容赦なく撃ち殺せ」
「はっ……」
「まあ、暫くは様子を見ようではないか」
全国指導者は優雅に紅茶を楽しむ。
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