大御前会議Ⅱ

「どうだ? ヴェステンラントに攻め込む利益とは何か、力説出来る者は?」

「では、それについても私からお答えしましょう」


 ザイス=インクヴァルト大将は名乗りを上げた。実際、彼がこれを説明するのには最も適任だろう。


「ああ、頼む」

「まず短期的な利益と致しましては、ヴェステンラントから賠償金を得ることが出来ます。あの国は膨大な天然資源に恵まれておりながら、魔法にかまけて全く無駄にしております。これを手に入れられれば、十分な対価と言えるのではないでしょうか?」

「お、お言葉ですが、新大陸に出兵するのに一体どれだけの負担があるとお思いですか? それを一時の賠償金で補えるとは思えません」

「今より増える負担など、精々船の燃料代くらいでは?」

「それが問題なのです。帝国の生産能力は既に限界に達しています。本来であれば一刻も早くこの状態を終わらせなければならないのです。それを甘受してでも、帝国にそれに相応しい利益があると仰るのなら、教えて頂きたい」


 ゲルマニアは侵略者を撃退するという分かりやすい大義の為に、あらゆるものを犠牲にして兵器の増産に勤しんで来た。当然のことだがそれは不健全な状態であり、財務省としては一刻も早くこの状態を解消することを要求せざるを得ないのである。


「もちろん、これだけではありません。ヴェステンラントに攻め込みこれを屈服させることは、我が国の安全保障を大いに改善させることが出来ます」

「安全保障……? 一体何がどうしたらそうなるのですか?」

「中央ヴェステンラントの島々をいくらか併合すれば、今の戦争のようにいきなり本土決戦に突入することは防げます。それに、ヴェステンラントに対して戦争を抑止することも出来るでしょう」

「あんな遠く離れた領土など手に入れても、とても割に合うとは思えません。維持費の方が遥かに高くつくと思いますが?」

「おや、少なくとも本土防衛の用意をする時間が稼げるだけでも、かなり有益であるかと存じますが」

「お言葉ですが、どうして再び戦争をすることを前提としているのですか?」

「それが軍人の思考ですからな。こればかりはどうにも」

「話は分かった。その辺にしたまえ」


 どうやら話が水掛け論になりそうであったので、ヒンケル総統はこれを制止した。と言うのも、ザイス=インクヴァルト大将は軍事的な利益を説き、クロージク財務大臣は経済的な利益を説いており、全く話がかみ合っていないのである。


「話を聞くに、どうやら経済的な利益は期待出来ないようだな。ザイス=インクヴァルト大将もこれには同意してくれるな?」

「はい。しかしゲルマニア国民の生命財産を少しでも多く守るには、前線基地を設けるべきであると、申し添えておきます」

「それはそうかもしれんが、今の国民のことも考えねばならんのだ」


 確かにヴェステンラントとゲルマニア本土の間に一枚壁が欲しいという軍人的な発想も理解出来ない訳ではない。しかしその為に延々と経済的な負担を負うのはそう簡単には許容出来ないのだ。


「さて、他には?」

「それでは我が総統、今度は私から質問をさせて頂いても?」


 今度はザイス=インクヴァルト大将が質問をするようだ。


「ああ、もちろん構わんぞ」

「特別誰かにお聞きしたいことでもありませんが、皆様は、この戦争が一段落したとお思いなのですかな?」

「? どういうことだ? エウロパを完全に解放するのは、戦争が始まって以来の悲願ではないか」

「確かに帝国とヴェステンラントとの関係を見るにはそうなりますが、東方では大八州とヴェステンラントが戦争を継続しております。我らが講和に応じるということは、大八州を見捨てるも同然だということ、お分かりですかな?」

「それについては、外務省から答えさせて頂きます」


 質問者と回答者がひっくり返り、今度はリッベントロップ外務大臣が答える。


「まず我が国と大八州は、先代の晴虎様のご意思により、明確な形の同盟を結んだ訳ではありません。我が国には大八州を救援する義務はないのです。加えて、確かに我が国だけが講和を結ぶというのは背信行為と見られても仕方がありませんが、その場合は講和は結ばず、現状を維持するだけのことです。いずれにせよ、ヴェステンラントに攻め込むか攻め込まざるかという問題の本質とは大して関係のないことかと言わざるを得ません」

「そうですか。それでは重ねてお尋ねします。仮に大八州が滅んだ場合、ヴェステンラントの全戦力が我が国に向くことになります。それが非常に危機的な可能性であることは、誰の目にも明らかでありましょうが、それでもよろしいと?」

「恐れながら、先程大将閣下は我が国には最強の海軍があると仰っておりました。それがあれば、ヴェステンラントの兵力がいくら多くても、我が国に攻め込んで来るとは思えませんが」

「確かに海から攻め込んで来る可能性は低いでしょう。しかし陸から攻め込んで来るやもしれません。ガラティア帝国が敵に付けば、我が国はヴェステンラントと長大な国境線で接するも同じです」

「確かに、大八州が降伏してガラティアが裏切ったのなら、そうかもしれません。しかしそれは、余りにも仮定の上に仮定を積み重ねていると言わざるを得ないかと」


 あまりにも想像の中で話を進め過ぎだと言われるのも無理はない話だ。

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