ゲルマニアの休日

 ACU2314 7/4 大八洲皇国 陸奥國


「よう、九鬼形部、船は造れそうか」


 陸奥に建設された近代的な造船所。伊達陸奥守晴政は、ここで造船を担当している九鬼形部嘉信を呼びつけた。


「そうですなぁ……西方の船は何度か造ったことがありますが、竜骨から何まで鉄で出来た船というのは、大八洲の誰も造ったことがありませぬ。なかなか思ったようには進まないものです」

「ゲルマニアの船をパクるだけじゃないのか?」


 以前に大八洲に寄港したアトミラール・ヒッパー。その時についでということで、大八洲人には艦内の見物が許され、また設計図を供与されていた。ゲルマニア人は大八洲人が戦艦を建造しようとするとは思ってもいなかったようだが、晴政がその可能性を見落とす訳がなかった。


「そう言われましても、ゲルマニアからもらったのは船の図だけなのです。どのように組み立てるかについては、我らで考え出さねばならぬのです」

「なるほどな。時をかければ造れるか?」

「はい。時をかければ必ずや。しかし、そうなるともっと銭が必要になりまして……」

「分かった分かった。金ならいくらでもくれてやる。何としてでも戦艦を造り上げよ。出来ぬのならば、お前達の首を刎ねるからな」

「え、ええ、ありがたき幸せ……」


 晴政は笑いながらその場を後にした。


 〇


 ACU2314 7/10 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


 ブリタンニア方面の戦後処理は一段落した。エウロパからは戦火が消え、平和が訪れたのである。


「とりあえずは、諸君、ここまでの働きに改めて感謝したい。ヴェステンラント軍を追い落とし、エウロパに平和をもたらすことが出来たのは、全て軍の活躍によるものだ。良く頑張ってくれたな」


 ヒンケル総統は各方面の司令官を集め、共に勝利を祝う。


「畏れ多いお言葉です、閣下。軍人はゲルマニアを守護する義務を果たしたまでのこと。あえて感謝されるようなことは何もしておりません」


 カイテル参謀総長もまた、儀礼的な挨拶を返した。


「帝国の防衛以上の仕事を、軍は成し遂げてくれた。これは義務などではなく、諸君の正義を愛する心が成し遂げたものだ。今暫くはこの勝利を大いに祝おうではないか」

「ありがたいお言葉です。官民総出でその勝利を祝いましょう」

「ああ。戦勝記念だ。今は何も考えずに楽しもう。乾杯!」


 将軍達も今は、勝利の美酒に酔いしれるばかりであった。ゲルマニアのみならずエウロパの諸国民もまたこの勝利を喜び、エウロパは暫し機能を停止するのであった。


 〇


 ACU2314 7/11 ブリタンニア共和国 首都カムロデュルム


 シグルズ率いる第88機甲旅団はブリタンニアに駐留していた。シグルズは部下に酒や嗜好品を振る舞い表向きは祭りに興じていたが、内心では大した感動もなかった。


「――幕僚長、君はどうなんだ? 皆に加わらなくていいのか?」

「ああ、私も師団長殿と同様、こういう催しには大して興味がないのだ。それに、上官がいない方が兵士達も楽しめるだろう」

「確かに、そうかもな」

「師団長殿は単に好きではないだけか」

「まあ、そうだな。戦争はまだ終わっていないんだ。喜んでいる暇はないだろう」


 本当に喜ぶべきは、ヴェステンラントとの間に講和条約を結んだ時だ。


「時にオーレンドルフ幕僚長、ゲルマニアは今後どうすべきだと思う?」

「どうすべきとは?」

「大雑把に言ってゲルマニアの未来は2つ。今すぐヴェステンラントと講和条約を結ぶか、ヴェステンラントに攻め込むか、だ。君はどちらの方がいいと思う?」

「現実的なのは講和だろうな。合州国の侵略の試みは完全に失敗したのだから」

「そう言うと思った。とは言え、ヴェステンラント本国には未だ傷一つ付いていない。講和で向こうから賠償を得るのは不可能だろう。それでは数百万の命を失ったエウロパの人々は納得出来ない」

「賠償を得る為に新大陸に攻め込んで、賠償どころではない犠牲を払うことになるかもしれないぞ? そうなったら元の子もない」

「確かにな。そこは犠牲を抑えた戦略を取らなければダメだな」

「師団長殿はヴェステンラントに攻め込みたいのか?」

「ああ、個人的にはな。だがそれはただの感情論だから、君と相談したいと思った訳だ」


 シグルズはルーズベルトを殺す為にヴェステンラントに攻め込みたいと思っている。しかしそんな個人的な怨恨を理由に数十万、数百万の命を新たに犠牲にすることは出来ない。そこでもっと合理的な説明が欲しかったのだ。


「――師団長殿の意図は理解した。しかし皇帝陛下に仕える公人として、やはりヴェステンラント出兵を支持することは出来ない。ゲルマニアにとって得るものは少なく失うものは大きい戦いとなる可能性が高いからだ」

「そうか。君は率直な意見を言ってくれるから助かるよ」

「それが幕僚というものだ。しかし、我々がどう思案したところで、最終的な決定を下すのは総統だ」

「それもそうか。まあ、聞かれたら答えるくらいでいいかな」


 自ら積極的に遠征を主張する必要はない。シグルズはそう判断した。

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