第二次カレドニア沖海戦Ⅱ
「アトミラール・ヒッパーの主砲が動かない……。どうやら特攻隊は仕事を成し遂げてくれたようですね」
「はい。生き残りは僅かではありますが」
クロエは安堵の溜息を吐いた。ヴェステンラント軍の今回の目的は逃げること。戦艦は無力化すれば十分であり、乗っ取る必要はない。そこでゲルタが発案したのが、戦艦の主砲の駆動部を破壊して逃げ帰るという作戦であった。
敵艦に乗り移る過程、そして逃げる過程で壊滅的な損害が出ることは想定の内であったが、作戦は実行され、その部隊は見事に作戦を成功させたのであった。
「クロエ様、これでアトミラール・ヒッパーは暫く無力です。今のうちに逃げるとしましょう」
マキナは言う。目的を達成したからには、後は逃げるのみである。
「だが姉貴、本当に敵は追いかけて来ないのか? 戦艦は主砲が撃てなくなっただけなんだろう?」
「はい。ゲルマニア軍なら追ってこない筈です。戦艦がなければ、それ以外の船は雑魚も同然。追いかけてくるのならば、艦隊決戦を挑んで殲滅するだけですから」
「うん? じゃあ今のうちにこっちから殴りかかった方がいいんじゃないか?」
「アトミラール・ヒッパーの修理にどれほどかかるか分かりません。決戦の最中に復活されたらたまったものではありませんから」
「なるほどな」
ゲルマニア軍もヴェステンラント軍も決戦を望んではいない。であれば、これ以上の戦闘が発生する道理もない。
「全艦、撤退します。全速力で西に向かいましょう」
かくしてヴェステンラント艦隊は全速力で撤退を開始した。
「ほら、彼らは追っては来ません」
「ああ、そうみたいだな」
ゲルマニア艦隊もまた戦場から離脱。久しぶりにヴェステンラント軍の完全勝利と言える戦いであった。
〇
「クッソ……。追撃は本当に無理なのか!?」
「無理ですよ、提督。主砲が動かないんじゃ、艦隊の援護は出来ません」
「たった一隻の船がダメになっただけで戦えなくなるとは……。やはり我が海軍は、根本的に脆弱なのだなぁ」
「仕方ありません。帝国の造船能力では戦艦をちまちまと造るので限界ですよ」
「もっとこう、小型で量産出来て、ヴェステンラント軍に対抗出来る軍艦はないのか、シグルズ?」
「なくはありませんが、厳しいと言わざるを得ませんね」
駆逐艦程度の船を量産するという、まあ中小国にありがちな艦隊を建設するという発想もなくはなかった。とは言え、結果的には少数の戦艦を建造するという方針になっている。
「どうしてだ? そっちの方が汎用性が高くていいと思うんだが」
「簡単に申し上げますと、軍艦が大型になればなるほど、排水量当たりの建造費が安くなるからです。それに小型艦とは言えど造船所を1つ占有することになってしまいます。帝国の国力とその他艦船を建造する必要を鑑みると、少数精鋭の戦艦に予算を投入する方が合理的です」
「な、なるほど。とりあえず仕方ないんだな」
つまるところ予算の都合である。
「――とにかく、アトミラール・ヒッパーは本国に戻るとして、ブリュッヒャーは動けないのか?」
「はっ。動けはしますが、未完成のブリュッヒャーで十分な守備隊もなく行動するのは危険が大きいかと。陸軍の化学兵器もヴェステンラント軍は無力化しているようですし」
「そうか。そうだな……」
ブリュッヒャーはブリタンニア島西部、ヴェステンラント艦隊に追い付ける位置にあるが、十分な武装も部隊もない状況では乗っ取られる事態もあり得る。それだけは避けなくてはならない。
「では、諦めますか……」
「そう、だな。陸上部隊を向かわせている時間もないし、打つ手なしか。現刻を以て全ての作戦を中止する。全艦、港に戻れ」
「……はっ!」
かくして、諸々の偶然に恵まれながら、ヴェステンラント艦隊は撤退作戦を完了させたのであった。
〇
ACU2314 7/4 神聖ゲルマニア帝国 帝都ブルグンテン 王宮
「――そうか……。ブリタンニア国王は、死んだか」
「はい、陛下。誠においたわしいことにございます」
ゲルマニア皇帝にその報告が届けられた。
「自害したのか?」
「報告によれば、何者かに弑されたとの由にございます」
「誰がやったのだ?」
「それは分かりません。しかし傷口は焼けておらず、ヴェステンラント軍の仕業ではないと、検分した者は申しております」
「そうか。なれば、クロムウェル護国卿の仕業であろうな」
国王を殺したい人間など彼しか考えられない。口にはしないが、皆そう思っている。
「そ、それは……。また、それに加えまして、そのクロムウェル護国卿から、陛下に電文が届いておりますが……」
「よい。何と?」
「ブリタンニアを侵略者の手から解放して下さったこと、ゲルマニア国軍及び皇帝陛下に感謝申し上げる。また、皇帝陛下の御威光の下にブリタンニア島は統一され、平和がもたらされたことを改めてご報告申し上げる、とのことです」
「まったく、人面獣心とはこのことであるな」
「返答は何と致しましょうか」
「適当に祝いの言葉でも返しておけ。特に言いたいことはない」
「はっ」
終わりは案外あっさりとしたものであった。エウロパはついに、ヴェステンラント合州国の血塗られた軍隊から解放されたのであった。
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