潰えた水堀

「――で、どうするのよ? 水堀がなくなったら平明京をどうやって守るの?」


 曉は苛立ちながら明智日向守に詰問する。が、彼は冷静であった。


「曉様、例え水がなくとも、元より船が通れるほどの深い堀です。平明京が裸城になったなどということは、断じてございませぬ」

「そうなの?」

「はい。とは言え、空堀とは本来、絹のように滑らかでなくてはなりません。あまり期待は出来ませんかと」


 空堀の側面は指を引っ掛ける凹凸すらないほど美しく滑らかに仕上げられているものだ。理由は当然、敵兵がよじ登って来ない為である。その点において、先程まで水堀であった平明京の堀の防御機能は低いと言わざるを得ない。


「……結局どっちなのよ?」

「概ね、普通の空堀程度の意味はありましょう。空堀としては甚だ不完全ですが、並の空堀より遥かに深く掘られております故」


 両方の影響が相殺し合ってその能力は一般的な空堀程度。明智日向守の判定はそんなところである。


「そう。なら、何とかなるのね?」

「敵の攻め口を絞り込むことが出来ます。これよりは奇策に頼らず、真っ当に戦うとしましょう」


 一般的な空堀でも十分な脅威だ。特にファランクスは全く乗り越えることも出来ないだろう。故に、彼らは必ず橋を渡ってやってくる。敵の進路が既に分かっているのなら、打つ手はある。


「敵勢、四番門を突破! 枡に入ります!」

「よろしい。柿﨑隊は持ち場に着け」

「はっ!」


 ヴェステンラント、ガラティア連合軍は、二重の門の間に入った。


 〇


 最初に突入した部隊を率いているのはドロシアである。彼女はいつの間にか陣頭指揮をしないと気が済まない性分になっていた。


「流石の長槍ね。大八洲の弓兵を完全に無力化するとは」


 枡型虎口で四方から射撃を試みた大八洲兵はファランクスの長槍によって貫かれ、この城を建造した者の戦術を真正面から打ち砕いていた。


「このまま前進! 門を破るわよ」

「ど、ドロシア様!」


 ドロシアの号令を遮るように通信士が呼び掛ける。


「何?」

「上空の魔女隊が攻撃を受けています! 敵の動きを察知することは困難となってしまいました」

「そう……。でも、これで敵が何をしてくるかははっきりしたわ」

「そ、そうなのですか?」

「ええ」


 ドロシアは不敵な笑みを浮かべる。


「敵は我が方に必ず白兵戦を仕掛けてくる。そうなったらヴェステンラント兵の出番よ」


 空から部隊が見られるのを嫌ったということは、向こうが動きたいということだ。つまり、すぐに攻撃を仕掛けてくる。そこで活躍出来るのは比較的軽装備で近接戦闘に特化したヴェステンラント兵であろう。


「城門を突破したら奴らが来るわよ! 覚悟して進みなさい!!」


 魔導兵は剣を抜き、破城槌が城門を打ち破った。


「突っ込め!!」

「「おう!!」」


 ヴェステンラント魔導兵は勢いよく城門を抜けた。


「皆の者、かかれい!!」

「「おう!!」」


 その瞬間、ドロシアの予想通り大八州の武士達が鬨の声を上げて突っ込んで来た。


「敵かっ! 突撃! 打ち破れ!!」

「「「おう!!!」」」


 以前のヴェステンラント軍ならここで主導権を握られて潰走していただろう。だが今度は違う。既に兵士達は戦闘の準備を整え、覚悟も決めている。大八州兵とヴェステンラント兵は互いに突撃し、激しくぶつかり合う。剣戟の音と断末魔が平明京に響き渡った。


「数はこちらが圧倒的に優位! このまま押し切れ!!」


 ドロシアは軍旗を掲げて兵士達を鼓舞する。兵士個々人の技量では大八州兵にとても敵わないが、数では三倍以上。数の暴力は徐々に奔流となり、大八州兵を押し流す。


「敵軍、撤退しているようです!」

「追撃!! 一人として生きて返すな!!」

「「おう!!」」


 逃げる武士を魔導兵が追い縋る。が、それはすぐに断念せざるを得なくなった。


「ここからは市街地のようです。大軍が纏まって行動するのは困難であるかと」


 第二の城門の内側は静まり返った市街地であった。武士は散開して狭い道に逃げ込み、集団行動が基本のヴェステンラント兵ではとても追うことは出来なかった。


「……そうね。ここらで止まりましょう。陣形を立て直せ!」


 ここからは狭い街路に突入する。ファランクスの戦闘能力は増々削がれ、ヴェステンラント兵が主役となるだろう。


「敵が逃げるのなら進むだけよ。このまま本丸を目指すわ」

「しかし殿下、街路は入り組んでいるようです。我々には地図がなく……」

「建物なんて壊せばいいじゃない。本丸目指して一直線よ」

「はっ」


 平明京の構造についてはヴェステンラント軍もガラティア軍も詳細な情報を持っていない。ただ中央に聳え立つ巨大な天守を目指して進軍しているだけなのだ。ドロシアは野蛮に建物を破壊しながら、一直線に進軍する。


 ○


「チッ。白い猿共が」


 連合軍が市街地を破壊しながら進軍していることを聞き、曉は舌打ちした。


「問題はありません。家屋はまだ無数に残っております」

「まあ、そうね。で、あなたの言う通り市街地まで敵を引き込んだ訳だけど、後はどうするの?」

「家々の間を動いている間は、その飛鳥衆を封じた以上、敵は遠くを見通すことが全く出来ません。そこにこそ勝機があります」

「あなた、引き込んで叩くのが好きよね」

「寡兵を以て勝つ方法はこれくらいしかありません」


 戦いの流れは明智日向守の掌の上から抜け出してはいないのであった。

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