ベダ決戦Ⅱ
「敵機甲旅団、我が方を半包囲しようとしています!」
「クソッ! やられた!」
ヴェステンラント軍に意趣返しでもするように左右から現れた機甲旅団の伏兵。それは重騎兵隊の側面に猛烈な速度で迫っていた。
「我が軍の陣形、乱れています! 兵の統率が取れません!」
別動隊を分離させたところでこの攻撃。ゲルマニア軍はスカーレット隊長が機甲旅団を包囲しようとすることまで織り込み済みだったらしい。
「狼狽えるな! 直ちに三面に部隊を展開! 敵を迎え撃て!」
後方を除いた全ての方向から敵が迫る。ゲルマニア軍の典型的な必勝の陣形の真ん中にスカーレット隊長はあるのだ。だが彼女は冷静に部隊を三方に向け、敵の全てを迎え撃つように命じた。包囲に真正面から戦おうという、兵法の正道からは外れた戦術である。
○
その時シグルズは、指揮装甲車から第88機甲旅団を指揮していた。ヴェステンラント軍の右から襲い掛かるのが第88機甲旅団であり、左から襲い掛かるのはオステルマン中将の第18機甲旅団である。
「総員、敵は第89機甲旅団に包囲を仕掛けようとして、陣形が乱れている。この好機を逃すな! 戦車の機動力を以て一気呵成に突撃を仕掛け、オステルマン閣下と共に敵を叩き潰せ!!」
戦車は大地を震わし榴弾の弾雨を浴びせながら、重騎兵隊の側面に迫る。敵に与える損害自体は大したことではないだろうが、突然左右から戦車に挟まれれば重騎兵とて動揺する筈。敵はどんな魔法の武具を纏っていてもただの人間である。
しかし、ヴェステンラント軍の対応は素早かった。
「師団長殿、敵は既に陣形を整えているぞ!」
オーレンドルフ幕僚長はいち早く敵の状況を報告した。
「何?」
「既に我々に弩を向けている。混乱させるのは厳しそうだ」
「……なんて奴だ。敵の司令官はかなり優秀らしい。ここで止まれ! ここに敵を引き付ける!」
上手く行ったら混乱した敵陣に突入するつもりでもいたが、敵は想定の数倍早く包囲に対応しており、シグルズはここで妥協せざるを得なかった。
戦車と騎兵は向かい合い、激しい射撃を交互に繰り返す。まるで戦列歩兵同士の銃撃戦のようだ。彼らの弩も戦車の榴弾も決め手には欠け、ただただ牽制を繰り返すばかりであった。
「クソッ……。戦車ですらようやく互角ってことか」
「シグルズ様、第18機甲旅団も膠着しているようです……」
「師団長殿、これは厳しいことになったな」
全く以て理解しがたい状況だ。こちらは敵を三面から包囲するというほとんど理想的な展開をしているのに、ようやく敵と互角。これではロクに戦いにならない。ソ連軍の新型戦車を目の前にしたドイツ軍は恐らくこういう気持ちだったのだろう。
その時、ヒルデグント大佐から通信が入った。
『ハーケンブルク少将、ここは一気に包囲を狭めましょう。一気に敵を押し潰すのです』
「……出来るのか?」
『あなた方には敵を引き付けて頂ければ十分です。敵を突き崩すのは私達第89機甲旅団に任せてください』
「オステルマン中将が了承するなら、僕達もそれに賭けよう」
『既に閣下は作戦に乗って下さいました』
「……そうか。では、指示をくれ。僕達は君に合わせる」
状況を打開する攻勢。ヒルデグント大佐の提案は了承され、そしてすぐさま実行されることとなった。
「シグルズ様、大佐からの合図です!」
「分かった。全車全力で攻撃を行いつつ前進、歩兵も前に出よ!」
いつもの弩だろうが重騎兵の弩だろうが、歩兵にとっては大した違いはない。歩兵は戦車と共に前進し、馬上の敵兵を小銃で狙い撃つ。ほとんど実際的な効果はなかったが、それでも敵の注意をこちらに向けさせることは出来た。
「いい調子だ。後はヒルデグント大佐次第だな……」
「私達は信じて見守るだけだな」
○
「隊長! 前方の火炎戦車が迫ってきました!!」
「側面の部隊は動けません!!」
三方向からの圧迫に、重騎兵隊は動揺していた。
「狼狽えるなっ! 私達の脅威となるのは火炎放射器だけだ! 奴を迎え撃て!」
「で、ですが隊長、あんなものをどうすればよいのですか!?」
「炎の間を搔い潜って戦車の側面を突け! 敵が動いている今なら出来る!!」
「む、無理ですよ、そんなこと!」
三方向に重騎兵は分散し、正面を支えるのは僅かに2千の魔導兵だけである。怪物のように炎を吐きながら迫りくる戦車を相手に、彼らは浮足立ってしまっていた。
「それなら私が前に出る! 私に続け!」
「お、おやめください!! そんなことをして隊長が討ち死にしたら統制が乱れます!」
「私はこの程度では死なん!!」
「そういう問題ではありません! いくら重騎兵とて、陣形を乱されれば大きな損害を負いかねません! ここはすぐに退くか、他の策をお示しください!」
「クッ…………分かった。一度後退する! 全軍、迅速に後退! 本隊と合流せよ!」
「はっ!」
とは言え、そう簡単に後退出来るのは少数の精鋭部隊だけであった。多くの兵は後退がもたつき、その一部は火炎放射器や榴弾の餌食となってしまった。
「隊長、500程度の損害が出てしまいました……」
「やられたな……」
総勢5,000に対しての500はかなり大きな損害だ。とは言え、まだまだ重騎兵の戦闘能力は温存されている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます