鉢ヶ山城

 ACU2313 10/12 中國 平明京


「何ですって? 新発田が勝手にヴェステンラント軍を呼び寄せた!?」


 織田家の謀反によって齋藤家が崩壊したことは当然曉に伝わっていたが、これは初耳であった。


「は、はい。そのようです。ヴェステンラントの船団が堂々と大八州海を航行しているとのこと」

「無色人種どもを大八州に踏み入らせる、しかも私の土地にとはねぇ……」

「あ、曉様……」


 ヴェステンラントとの同盟など一時的に利害が一致したものに過ぎない。この内戦が終わった後には戦争を再開する。そのつもりでいた。だから天領にヴェステンラント軍を踏み入らせるなど、曉にはあってはならないことであった。


「今すぐ新発田を処刑したいところだけど…………内地を全て失う訳にもいかない、か」

「そ、そうですね……」


 内地の広大な領地をほとんど失った以上、唐土を平定した後に現有戦力で内地に侵攻する他ない。その際に少しでも内地に橋頭保があるのとないのとでは、上陸作戦が大違いである。そして幸い、新発田丹波守が籠る鉢ヶ山城は海に面し、数万の兵を収容出来る巨大な城である。


「増援さえあれば、鉢ヶ山城は落ちない。不本意ではあるけれど、今回はヴェステンラント軍を受け入れるわ。まあ、それで落ちたら落ちたで白人が沢山死ぬからいいでしょう」

「鉢ヶ山城を失ってもよろしいのですか……?」

「落ちない方がいいに決まってるじゃない。もしもの話よ。その時は……どうしようかしらね」


 内地に干渉する手段が失われれば、大八州は本土と植民地で完全に二分されることになる。そうなれば本土を制する反曉勢力の方が圧倒的に有利だ。


「とにかく、新発田には死んでも城を守るように伝えなさい」

「はっ!」


 かくしてヴェステンラント軍は悠々と鉢ヶ山城に入った。伊達などの大八州勢も海軍の再建は目途が立っておらず、それを阻止することは出来なかった。


 ○


 ACU2313 10/20 鉢ヶ山城近郊


「これが鉢ヶ山城か。噂には聞いておったが、城と言うべきかも怪しいな」


 晴政は鉢ヶ山城を目の前にして感想を零した。これは鉢ヶ山城を極めて高く評価しての言葉である。


「はい、晴政様。鉢ヶ山を中心とする十ばかりの山が鉢ヶ山城の縄張りに含まれております。城の全体は空堀と土塀で囲まれ、無数の砦が結びつき、難攻不落とはよく言ったものです」


 上杉家がまだ一大名であった時代に建設された鉢ヶ山城。その時点で既に山全体を要塞化した巨城であったらしいが、上杉が天下を取った後も有事の際の最後の砦として拡張工事を繰り返し、いつの間にか一つの街を囲い込めるほどの規模にまで成長していたし、実際に城内は一つの街のような面持ちも持ち合わせている。


 二桁に達する数の山々には鉢ヶ山城本体と連結した砦が張り巡らされ、それらは巨大な城壁のように機能すると同時に、打って出て包囲する者を積極的に攻撃する機能も持ち合わせている。


 大八州の築城技術の全てを注ぎ込み、莫大な労力を動員して建設された規格外の要塞、それがこの城である。


「わたくしもこの城についてはよく知っておりますが、城内には多くの兵糧、武具、鬼石が蓄えられており、更には海に面しておりますから、包囲はほとんど無意味であるかと」

「なるほど。まあ、そうだろうな」


 兵糧攻めはまず無理だ。そして海軍が壊滅している以上、そもそも包囲を完成させることすら出来ない。


「今や内地のほとんどが我らの味方だ。その大量の兵で力攻めでも良いと思っていたが、それですら落とせるか怪しいな」

「はい。わたくしもそのように存じます。元より大八洲の全てが寝返っても戦えるように造られた城なのです」

「それは困ったな」


 これはとんでもない城だ。力で落とそうとすれば、こちらは相当な損害を被るであろう。そうなれば伊達に靡いていた者もまた曉に付くかもしれない。


 朔の言うようにこの城は、敵に許容し難い損害を強要することを目的とした、まさに最後の砦なのである。


「水軍があればまだよかったが、そう簡単に船は造れぬ。となれば、ここは鉢ヶ山城攻めを諦めるとしよう」

「ほ、本気か、兄者?」

「ああ、本気だ。こんな城、落としたところで我らに何の益もなし。適当に囲っておいて放置するとしよう。付城で囲んでおけば、向こうから打って出てくることは出来まい」

「あんなものが喉元に刺さったままで、大丈夫なのか?」


 ヴェステンラント兵も多くいる。そんなものを放置したままで内地を平定することなど出来るだろうかと、成政は心配している。


「案ずるな。打って出ることが出来なければ、城などただの置物だ。門を塞げば最早なきものも同然よ」

「そういうもんか……」

「確かに前例はありませぬが、晴政様の策は理に適っているかと」

「おお、そうか、源十郎! ならばこれで行こう。まずは諸侯から人足を集め、付城を築く。さすれば、いよいよ曉なき体制を作り上げよう」

「それは、上杉なき体制ではございませんよね?」

「それはまだ分からぬ」


 今や内地から上杉は消え失せた訳だが、まだ戦後の構想が固まった訳ではない。

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