援軍

 ACU2313 10/12 ブリタンニア島北部


 ゲルマニア軍がブリタンニア島南部で足固めをしている最中、ヴェステンラント軍にようやく援軍が届いた。


「どうだクロエ。余が直々に率いてきた軍勢だぞ?」


 ヴェステンラント女王、黒い外套を纏った少女ニナは、一万の兵を率いてブリタンニア島に上陸した。


「あ、はい、陛下の直々のお心遣い、感謝申し上げます」

「そういう返事は聞いておらん。この兵士達の感想はどうだと聞いているのだ」

「兵士達、ですか。確かに見たことのない魔導装甲ですね」


 魔導兵は皆、紫がかった黒色の、魔導装甲を何重にも重ねたような重々しい鎧を着ていた。 クロエですら見たことのない鎧である。


「私が知っている重装歩兵よりも更に重装備のようですね」

「その通りだ。ゲルマニア軍の武器に対抗することを目的に開発した新型だ」

「それは心強い。しかし陰の国の軍勢ですよね?」

「ああ、それは気にするな。こいつらの指揮権は全てお前にくれてやる」

「あ、どうも。ありがとうございます」


 クロエはこの強力な部隊を唐突に手に入れた。果たしてどれほどの力を持つのかは未知数であるが。


「それと、シモンには本国に帰ってもらうことにする」

「え、陽の国の軍勢が消えるのは困るのですが」

「案ずるな。兵士は置いていかせる。奴には本土の守りを固めてもらう」

「本土の守り……。それは新大陸にゲルマニア軍が侵攻してくるということですか?」

「その可能性はある。そうである以上、守りは固めておかねばならん」

「随分と現実的なことを仰るのですね……意外です」


 女王は自分が楽しそうだと思ったことにしか興味を示さない人だ。


「余を何だと思っている? 余はヴェステンラントの女王であるぞ」

「いや、まあ、それはそうなんですけども」

「まあいい。ともかく、こいつらはお前が好きに使うがいい。ブリタンニアを守りきれば、それが最もよい。本土での迎撃は次善の策だ」

「まあ、その通りですね」


 本当に、女王の言う通りである。クロエには意外性が無さすぎて意外だった。もっとも、女王が何と思おうと、クロエがやるべき事は何も変わらない。彼女の担当はブリタンニア島であり、この島を守ることが彼女の唯一の仕事だ。


「では、余は帰る。また会おう」

「ええ。ご無事な帰還をお祈りしています」


 ヴェステンラント軍はブリタンニア島に防衛線を構築し、ゲルマニア軍に抵抗を続けるのであった。女王はその日のうちに帰った――と思われていたが、ゲルマニアで少々荒事を起こしていた。


 〇


「な、何だっ! 何が起こっている!?」


 ブリタンニア国王が一先ず保護されていた皇帝の離宮がその日、いきなり炎に包まれた。


「へ、陛下! お逃げ下さ――うぐっ……」


 国王を護衛、或いは監視していた兵士達は、何にも攻撃されていないのに、次々と倒れていった。国王は理解が全く追いつかない状況に、ただただ狼狽するばかりであった。


「こ、これは、一体……」

「この程度で怖気付くでない、ブリタンニア国王よ」

「ひっ!? な、何だお前!?」


 瞬きをした次の瞬間に目の前に現れた黒い影。幼さの残る声で国王に話しかけた。


「余はヴェステンラント合州国が女王、ニナである。国王ジョン、お前を助け出しに来た」

「た、助ける、だと? ゲルマニアは余を匿ってくれているのだぞ?」

「違う違う。お前に再び国王に戻る機会を与えてやろうとしているのだ」

「そ、そんなことが出来るのか……?」

「ああ、そうだとも。ヴェステンラントに協力せよ。さすればお前を国王に戻してやる」


 要はヴェステンラントの傀儡となって戦争に協力しろということだ。それが実質を伴うものではないとは言え、彼女はブリタンニア連合王国を復活させようと言うのである。


「こ、国王にまた、戻れるのか……」

「そうだ。ヴェステンラント軍がブリタンニアからゲルマニアを追い落とせば、全てお前にくれてやろう」

「そ、それは……」


 だがそれは、王位の為に本当にブリタンニアを売り払うということだ。クロムウェルの言い分は半ばこじつけであるが、これは言い訳も出来ない。


「どうだ? 悪い話ではなかろう」

「いいや……それはダメだ。私は、お前達に国を売り払うことなど出来ぬ!」

「その国はお前を否定する連中が支配しているが?」

「……それでも、私の祖国は祖国だ。例え私が拒まれても、ブリタンニアがブリタンニア人の手にあるのならば、私は、それで構わない」

「はっ、随分と高尚な心意気ではないか」


 国王は有能とは言い難いが、国を愛していた。それだけは間違いない。


「それで、どうする? 余を殺すか?」

「そんなことはしない。お前は利用価値がある。お前が我らに協力する気がなくとも、旗印として使わせてもらおう」

「そうなるか……」

「ここで自害してもよいぞ? だがそこまでする勇気はあるまい」

「クッ……」


 残念ながらそこまでは出来なかった。国王ジョンはニナに拉致され、ブリタンニア島に連れて行かれた。そして当人の意思に反し、ヴェステンラントの傀儡としてブリタンニア連合王国の国王に担ぎあげられた。


 こうしてヴェステンラント軍は、ブリタンニア内に少なからず存在する絶対的な王党派を引き入れることに成功したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る