反攻

 ACU2313 9/15 カムロデュルム近郊


「閣下、どうやらヴェステンラント軍が市内に火を放っているようです」


 ヴェッセル幕僚長はオステルマン軍団長にそれを報告した。ヴェステンラント軍は魔法で家々を焼き払っており、その炎は非常に早く燃え広がっている。


「私達への嫌がらせか」

「こんなことをしても彼らに利益はありませんから、そのように思われます」

「なるほどな。もうカムロデュルムを守り切る気はないということか」


 ヴェステンラント軍が防衛を諦めて最後に嫌がらせを仕掛けようとしていることは明白である。


「防衛を諦めた。だが逃げ道も塞がれている。お前ならどうする、ハインリヒ?」

「私ですか。そんな状況に陥れば、降伏を選ぶでしょうね」

「まあ普通ならそうだな。だがカムロデュルムの戦力は奴らの戦力の大部分。何としてでも脱出させたいと考えるかもしれない」

「確かに。そうなると、北門の封鎖はもっと強めた方がいいかもしれませんね」

「そうだな。援軍を送ってくれ」


 北門を封鎖する兵力はまだ十分とは言えない。ヴェステンラント軍が突撃を敢行すれば突破される危険性がある。オステルマン軍団長はそう判断した。


「しかし閣下、そこまで厳重に敵を包囲すれば、敵が死兵となる可能性があるのでは?」


 敵の退路を完全に塞ぐと言うのは一般的に宜しくない。ヴェステンラント軍は目の前の敵を打ち倒さなければ生き残れないという状況に置かれ、兵士一人一人が死に物狂いで突っ込んで来るからである。


「そうならない為には、敵が我が軍に降伏し易いように戦争をする必要があるな。敵はもう撤退を決め込んでいる。これ以上進軍する必要はないと、市内の部隊に伝えよ」

「はい、そのように」


 包囲網を狭める意図がないと敵に見せれば、死に物狂いで生き残ろうとなどしない筈だ。ゲルマニア軍の優位は明らかだが、3万人の魔導兵は決して舐めていいものではない。オステルマン軍団長はそう判断した。


 〇


「クロエ様、敵の進軍が停止しました。敵は現在の前線に陣地を整備し、守りに入る様子です」


 マキナはその不可解な報告を持ってきた。


「こんなところで? 別に反撃が成功したとは思えないですが……」

「私にもゲルマニア軍の意図は分かりかねます」

「うーん、何を考えているんだか」


 ゲルマニア軍の突然の行動の意図はクロエには読めなかった。とは言え、彼らは何時でも進攻を再開出来る。次の手を打つのは急ぐべきだ。


「やはり我々の選択肢は降伏か、北門の突破です」

「まあ、そうですね……」

「まだ迷っておられるのですか?」

「そりゃあそうですよ。後者については犠牲が大き過ぎますし、そもそも成功する公算も高くありません」


 まだ包囲が手薄な北門を突破することが出来れば、ブリタンニアで抵抗を行う戦力を残すことが出来る。しかし失敗すれば、何の意味もなく数万の命を捨てることになってしまう。


 勝算の小さい作戦にそれほどのものを賭けるなど、クロエには決断出来なかった。


「こんな時にオーギュスタンがいればいいんですが、いい加減目を覚まさないんですかね」

「オーギュスタン様は今も予断を許さない状態です。仕方がないかと」

「分かってますよ。ただの愚痴です」


 きっとオーギュスタンならば今すぐに決断を出来るのだろう。或いはこの2つ以外の選択肢を見出すかもしれない。


「ああ……ダメですね。この優柔不断は指揮官には向いていません」

「そのようなことは――ん、クロエ様、ゲルマニア軍の通信です」


 マキナは心做しか苦虫を噛み潰したような顔をして言った。クロエは嫌な予感しかしなかった。


「彼らは何と?」

「明後日にに我が軍への総攻撃を行うとの通信が送られました。とは言え、これが本当であるかの確証はありません」

「進撃を止めたり総攻撃をしたり……完全に遊ばれていますね……クソッ」

「クロエ様……」


 しかもその通信すらヴェステンラント軍を欺く為の罠かもしれない。何を信じればいいのか、最早判断することは出来なかった。


 しかし、その時であった。


「クロエ様、通信が入っています。ノエル様からです」

「ノエルが? 取り敢えず、繋いで下さい」


 ノエルは少数の別働隊を率い、カムロデュルム以外の戦線のゲルマニア軍と睨み合っている筈だ。


「――どうしましたか、ノエル?」

『状況は聞いてる。で、私は姉貴を助けに来たぞ!』

「……助けに? え、西の防衛線はどうしたんですか?」

『そんなもん、ゲルマニア軍も攻める気はないんだから、がら空きににて構わないさ』

「ま、まあ、それはいいとして、あなたの兵力は精々が5千程度の筈。50万の敵を相手にどうするつもりですか?」


 文字通り、100倍の敵である。ノエルに何が出来ると言うのか。


『確かに兵力は全く負けてるが、私達は敵の外にいる。カムロデュルムを包囲している連中が、まさか外から攻撃されるとは思わないんじゃないか?』

「……まあ、一理ありますね」


 ――オーギュスタンの影響でも受けたんでしょうか。


 クロエにノエルの申し出を断る理由はなかった。だがそれはクロエの思っていたものとは違った。

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