ヴェステンラントの反撃

「シグルズ様、周辺の魔導反応は消失しました」

「これで次の防衛線も突破か。順調だね」


 弩砲がないヴェステンラント軍は思ったよりも弱体だ。装甲車の接近を阻止する能力がなく、接近戦では機関短銃に勝てないのだから。


「ヴェロニカ、他の部隊の様子は?」

「はい。第89機甲旅団は私達と同様、順調に進攻しています。後詰の第103、105師団も特に問題なく私達の後ろを着いてきています」

「問題ない、か。このまま何も問題なくヴェステンラントが滅びてくれればいいんだが」

「またこの前みたいに側面から奇襲を仕掛けて来るとか、ありませんかね……?」

「その公算は高い。だから今も側面には警戒しながら進軍してるんじゃないか」


 オーレンドルフ幕僚長がいないのは少々不安ではあるが、それでも同じ手に二度は引っ掛からないとシグルズは自負していた。しかしヴェステンラント軍もまた、同じ手をただ繰り返す程に愚かではなかった。


 それは唐突に起こる。


「え? シグルズ様! か、囲まれています!」

「何!? どうなっている!?」


 魔導探知機に突如として、第88機甲旅団を包囲するように現れた魔導反応。そして次の瞬間、魔導兵の鬨の声が装甲車の中にまで聞こえてきた。


「迎え撃て! 歩兵は直ちに降車し反撃せよ!」


 戦車の機銃は迫り来る魔導兵に数万の弾丸を浴びせる。しかし敵は散らばっており、効果的な攻撃が出来ているとは言い難い。


 装甲車から降りた歩兵は機関短銃で防戦を試みるが、射程が短いのが響き、長射程の弩に次々と撃ち抜かれてしまう。


「歩兵は装甲車の影に隠れろ! 敵を引き付けてから迎撃するんだ!」

「は、はいっ!」


 機関短銃は接近戦専用の武器だ。敵を装甲車のギリギリまで引き付けなければ威力を発揮出来ない。しかしそれは、一歩でも間違えば装甲車への攻撃を許すということでもある。


「装甲車2両、大破!」

「接近戦に慣れている、のか……」

「敵は盾を持っているようです!」

「盾? ここに来て新兵器か?」


 敵はどうやら盾を持っているらしい。しかも銃弾でも容易には貫けない盾だ。シグルズの指揮装甲車にもすぐにそれを持った魔導兵が突撃して来たが、シグルズは対物ライフルで彼を一撃で撃ち殺した。


「そうか。魔導装甲を盾に応用したのか。なかなかやってくれる」

「実質、魔導装甲が2枚ということですか……」

「そうだろうね。1人あたりの耐久力が倍になるとなれば、突破を許しても仕方がないか……。本当にやってくれる」


 つまりはゲルマニア軍の銃弾に晒されながら倍の距離を突撃出来るということだ。これまでは間に合っていた火力では、彼らの接近を阻止することが出来ない。


「ど、どうしましょうか……」

「敵が変わろうが、機関短銃は接近戦用の武器だからね。引き付けて撃つしか選択肢はない。それと出来るなら1人の敵を複数方向から撃つように」

「は、はい」


 盾なら前後から撃たれれば意味をなさない筈。とは言え、第88機甲旅団は既に陣中に敵の突入を許してしまっており、そう組織的な対応を行うのは困難だ。


「クソッ……下手に動けば隙を晒すことになる。今はここで耐えるしかないか……」


 と、その時、シグルズにヒルデグント大佐から通信が入った。


『どうも、ハーケンブルク少将閣下。ヒルデグント・フォン・カルテンブルンナー大佐です』

「今忙しいんだ。手短に頼む」

『では、少将閣下がどうやら苦戦しておられる様子ですので援軍を向かわせました。戦車4両です。お受け取り下さい』

「援軍か。それはありがたい。だが……ここで戦車を使うと市民に被害が出るのでは?」

『火炎放射器に換装していますので、ご安心を』

「そう、か」


 火炎放射仕様の戦車は親衛隊の十八番である。ヒルデグント大佐からの援軍はものの10分程度で到着した。


「総員、戦車の射線から離脱!」


 戦車は第88機甲旅団の陣形に割って入った。そして兵士達が後退し斜線を確保すると、容赦なく魔導兵に巨大な火炎を浴びせた。


 魔導兵は火に呑み込まれる。魔導装甲には耐熱機能はなく、燃えない分普通の軍服よりはマシであるが、たちまち炎によって加熱され、中の人間を焼く。いや、その前に酸欠で窒息しただろうか。


 ともかく魔導装甲も彼らの新開発の盾も火炎放射戦車の前にはまるで役に立たなかった。そして火炎放射器は射程が短く、周辺への被害も最小限に抑えることが出来た。


「感謝する、ヒルデグント大佐。火炎放射器は榴弾よりも市街戦に向いているな」

『ええ。敵を建物ごと焼き払えますから』

「うん……? それじゃあ市民に被害が出る可能性が高いんじゃないか?」

『市民の安全を保証する義務があるのは占領国、つまりヴェステンラントです。いくら市民を殺しても我々に責任はありません』

「まあ国際法上はそうなってるがな……戦後の市民感情が悪くなるのはゲルマニアにとって好ましくないんだ」

『我々に逆らうと言うのなら武力で従えるまででは?』

「君は過激が過ぎる……。まあ僕は君に命令出来る立場ではないから、忠告だけはしておくよ」


 結局、ヒルデグント大佐が戦術を改めることはなかった。

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