物資投下

「落ちる落ちる落ちる……」


 武器を詰め込んだ木箱と共に落下。魔法は一切使わず、自由落下に任せる。重力に引っ張られてたちまち速度は上昇し、地面が物凄い勢いで近づいてくるように見えた。


「ああ……今だっ!」


 木箱が地面に衝突する寸前、シグルズは木箱を魔法で持ち上げ、同時に自分も背中に白い翼を広げて浮き上がった。因みに木箱を持ち上げると言っても、魔法をかける対象は中の武器弾薬である。


「ふう……上手くいったか」


 どちらも地面に衝突しなかった。家々の屋根くらいの高さに浮いている木箱を、シグルズはそっと地面に置いた。


「さて……味方はいるのか――」

「師団長殿、待っていたぞ」

「おお、オーレンドルフ幕僚長。待っててくれたのか」

「ああ。クロムウェル殿も同じだ」


 オーレンドルフ幕僚長とクロムウェル子爵が揃ってお出迎えである。


「お初にお目にかかります、ハーケンブルク城伯。ウィリアム・クロムウェル子爵です」

「お話は聞いています、クロムウェル子爵。我々の作戦に協力頂きありがとうございます」

「感謝されることではありません。施しを受けるのは我らの方なのですから」

「兵士がいなければ武器は何の役にも立ちませんよ。と、そんな話は置いておいて、長居するとヴェステンラント軍が来ます。すぐに武器を持って移動しましょう」

「武器はもう頂いてもよろしいので?」

「もちろん」


 クロムウェル子爵は彼の部下を集めると、木箱から素早く武器を取り出して分け与えた。最初は小銃と機関短銃、そしてその弾薬である。


「これは機関短銃ですね。ゲルマニアでも不足していると言うこの銃を、いいのですか?」

「機関銃を投下するのは厳しいですから。その代わりです」

「なるほど。確かに平野での戦いならともかく、ここで機関銃を使う場面は少ない」


 市街戦であれば機関短銃さえあれば十分であろう。元よりヴェステンラント軍と真正面から戦おうなどというつもりはない。


「それで、ハーケンブルク城伯殿はこの後如何されますか?」

「僕はここにいる理由もないのですぐに戻ろうかと。武器の使い方ならオーレンドルフ幕僚長に聞いて下さい」

「そうですか。お気を付けて」

「はい。それではまた」


 シグルズは武器を届け終えるとすぐさま飛び立ち、郊外のゲルマニア軍陣地へと戻った。


「それではオーレンドルフ君、奴らが来る前に逃げるとしようか」

「はい。そうしましょう」

「ではついて来たまえ」

「?」


 クロムウェル子爵は一件の家の中に入った。一体何がしたいのかと思いつつオーレンドルフ幕僚長がついて行くと、家の中には地面の下に続く階段があった。


「地下道ですか。こんなものが……」

「この5年間、我々がただあぐらをかいていたと思ってくれるなよ。蜂起の準備は着々と進めてきた。他の都市でも同じような用意が出来ている」

「それは心強い。期待しております」


 用意周到にもほどがあるクロムウェル子爵であった。


 〇


 同刻。爆撃機が何もせずにカムロデュルムの上空を通過したというのは当然、クロエに伝えられている。


「――一機だけで、それも何も落とさずに通り過ぎるとは、全く不可解ですね……」

「しかしクロエ様、ゲルマニア人どもが何の目的もなしに爆撃機を飛ばすとは思えません」


 スカーレット隊長は言う。爆撃機を飛ばすのにはそれなりに金がかかることを、ヴェステンラント軍は知っている。


「そうですね。まあ普通に考えるとしたら、本格的な攻撃に向けてこの城の内部を偵察していたと思いますが」

「確かに、我々が手出し出来ない空から偵察するというのは理に適っていると思えますが、どうも納得がいかないというか……」

「ええ、それも確かに。ゲルマニア軍がそんなことをしたことは、これまで一度もありませんからね」


 前例のない行動だ。故に、それが単なる偵察であるとは、スカーレット隊長にもクロエにも思えなかった。


「では一体……」

「クロエ様。爆撃機から何かが落とされるのを見たと、市民から通報がありました」

「ま、マキナお前、驚かすな」


 マキナは突然現れ、その報告を持ってきた。


「ふむ。何かとは?」

「何かまでは分かりません。しかし何かが落ちて来たのは確実なようです」

「そうですか……。不発弾というものでしょうか。しかし一つだけなのですよね?」

「はい。恐らくは」

「不可解さが深まりますね……。マキナ、一応現場を見てきてくれますか?」

「はっ。承知しました」


 マキナは透明になってその現場へと向かった。しかしそこには何もなく、誰もいなかった。


「何かの残骸も、地面に傷の一つもないか……。であれば、何かを運び込んだと考えるべきか」


 そう、あんな高さからものを落としたのであれば、それが何であれ、それなりの痕跡が残る筈だ。だがそれがないということは、誰かが地上でそれを受け止めたということだ。


「人か、物か。いずれにせよ作戦は成功したようだな」


 マキナは現場を一瞥するとクロエの許に戻り、現場の状況を報告した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る