第四十三章 カムロデュルム攻城戦

終戦工作

 ACU2313 7/28 崇高なるメフメト家の国家 ガラティア君侯国 帝都ビュザンティオン


 少し時は遡り、シグルズがゼーレーヴェ作戦を成功させた翌日のことである。ガラティア帝国のシャーハン・シャー(諸王の王)・アリスカンダルは、ここ数か月の激動の戦況に対処する為、頻繁の諸将を集めて会議を開いていた。


「――それで、ゲルマニア軍がブリタンニア島への上陸を成功させたというのは本当なのか?」

「はい。間違いありません。ゲルマン海はポルテスムーダ港を確保し、ブリタンニア島の南海岸に橋頭保を築きつつあります」


 西方ベイレルベイ(諸将の将)、スレイマン将軍は答えた。ゼーレーヴェ作戦については列強の全てが注目しており、その推移をつぶさに観察していた。


「そうか……。ルシタニアに続きブリタンニアまでも、ゲルマニアは奪い返したのだな」

「陛下、ブリタンニアはまだほんの僅かを奪ったに過ぎませんが……」

「一度体勢を固めたのであれば、ゲルマニアの圧倒的な物量がブリタンニアに攻め込むだろう。そうなれば、ルシタニアで壊滅したヴェステンラント軍ではとても支えきれまい」

「確かにその公算が高いでしょうが、決め付けはよくありませんぞ」

「まあ、そうだな。とは言え、我々は最も可能性が高い未来に向けて政略を進めるべきだろう?」

「はっ。その通りにございます」


 ガラティア帝国としてはヴェステンラント軍が防衛に成功する可能性など万が一にもないと決め込んでいる。互いの物量を比較したうえでの判断であるし、長年戦争を遂行して来た帝国の首脳部の勘でもある。


「さて、ゲルマニア軍がブリタンニアを解放したとすると、いよいよ戦争の終わりが見えて来る。エウロパ侵攻というヴェステンラントの試みは完全に頓挫するのだからな」

「そうなるでしょう。であれば、我々が存在感を示すよい機会です」


 東方ベイレルベイ、イブラーヒーム内務卿は言った。


「そうだな。具体的にはどうする?」

「講和の斡旋と行きましょう。現在、列強の中で五体満足であるのは我々だけです。そしてこの戦争を終結させることで、軍事的、外交的に世界を我々が主導するのです」

「まったく、講和とは平和の為にあるものだろうに。お前も性格が悪いな」

「平和など、外交の道具に過ぎません」

「ふはは、言うではないか。だがよかろう。そろそろ各国に働きかけを行っておくべきだろうな」

「はっ。その手配はこちらで」


 世界の主導権を握らんとするガラティア帝国。外交というものを建国以来軽んじて来た彼らにそれが出来るのかは未知数である。


「ところで、大八州方面はどうする。そろそろ軍の再編も進んで来ただろう?」


 大八州方面でのガラティア帝国の状況は散々だ。内戦に乗じて中國を掠め取るつもりであったのに、何故か大八州人は真っ先にガラティア軍を潰しにかかり、自身も大損害を負ったというのに、ガラティア帝国軍を壊滅させた。


「はい。もう出撃することは可能です。しかし、曉はもう滅びかけで、今更介入するのは体面が悪いと言わざるを得ないかと」

「それはそうかもな。しかし、曉が滅びかけているというのは本当か?」

「そ、それは、本当だと私は思っておりますが……」

「武田家の動きが突然鈍ったのだったな」

「え、ええ。それはそうですが――」


 武田家の進攻は突然止まり、戦況はいきなり膠着状態に陥った。


「武田家は休息を取って平明京への進攻に準備を整えている、という話だったな」

「え、ええ」

「だが、私はそうは思えないのだ。休息にしては長過ぎる。あの武田樂浪守にしては、行動が鈍い。そうは思わないか?」

「私にはそこまでの判断は出来ません……」

「つまるところ私は、武田樂浪守が死んだと思っているのだが、それについてはどうだ?」

「武田が死んだ? そんなことがあるのでしょうか」

「彼はもう十分長く生きている。いつ死んでも驚きはしない」

「そ、それはそうですが……」


 歴戦の戦人には分かるものなのだろう。自分と同じ歴戦の武将が既にこの世にはないということを。


「まあ確かに、これは私の勘だ。決して明確な根拠がある訳ではない。とは言え、その可能性はあると考えておくように」

「は、はっ。そうなりますと、武田家が撤退する可能性もあります。その時は、我々が介入する機かもしれません」

「そうだ。だから、いつでも出兵出来るように用意は整えておけ」

「承知しました」


 ガラティア帝国は東方に領土を拡大することを諦めてはいなかった。そして、その日のうちにその報告が入った。


「陛下、申し上げます! 武田勢が兵を退き始めてようにございます!」

「そうかそうか。やはり武田樂浪守は死んだか、或いは軍配を振ることの出来ない状態であるようだな」

「ほ、本当に……」


 平明京を目の前にして、武田勢は兵を退くと言う。それは武田家の内部に何か重大な事件が起こったことの、紛れもない証左だ。


「では行こうか。我々は大八州の為、謀反人曉を討伐するべく、平明京へと進軍する」

「はっ! すぐに陣立てを整えます!」


 ガラティア帝国は西では和平工作を進めつつ、東では大八州侵攻を再開したのである。

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