上陸開始

 ACU2313 7/27 ブリタンニア連合王国 ポルテスムーダ港


「隊長、ゲルマニア軍です! ゲルマニア軍が迫ってきています!」


 スカーレット隊長に報告が入った。


「そうか……大陸に兵が集まっていたのはただの囮という訳か。すぐに兵士を集めろ!」


 それは突然のことだった。ブリタンニアと向かい合うように数十万のゲルマニア軍部隊が配置されていたのだが、それは囮であり、既に上陸部隊は出撃していのだ。


「援軍が到着するまでは最低でも丸一日かかる。だが、それまでここを守り切れば私達の勝ちだ」

「は、はい……」

「何、心配するな。兵士は三千しかいないが、防御なら我々に利がある」


 ゲルマニア軍の輸送能力は限られている。増援が到着するまでの24時間を耐え抜けば、ヴェステンラント軍は時間と共に有利になっていく。


 一度上陸を許し橋頭堡が築かれれば、ルシタニアで壊滅的な損害を負ったヴェステンラント軍には、もうそれを止める術はなくなる。


 つまり、この戦いにはブリタンニアの運命がかかっているのだ。まあブリタンニア人に関与する力はないのだが。


 〇


 スカーレット隊長は海岸に構築された塹壕線に入り、敵艦隊を観察している。


「やはり奴がいるな……」

「戦艦――アトミラール・ヒッパーですね」

「そんな名前だったな。しかし奴の砲撃は脅威だ。十分に注意しろ」

「はっ。これを想定して塹壕を作りましたから、耐えられるかとは思いますが……」

「まあ、やってみないと分からんな」


 アトミラール・ヒッパーに撃たれた船は一撃で吹き飛んだせいで、その主砲の威力は実の所よく分かっていない。だがスカーレット隊長は出来る限りの対策を取ったつもりだ。


「敵艦、発砲!」

「来たか! 総員、退避壕に隠れろ!!」

「はっ!」


 塹壕は敵を迎え撃つ為の空間と、その奥に砲撃に備えた退避壕がある。魔法を使って短期間で、かつなかなか頑丈に補強されたものである。


 砲弾は次々と塹壕に命中し、たちまち壁面が崩壊した。しかし退避壕は瓦礫が流れ落ちてくるも、爆発の衝撃を感じるだけで無事であった。


「た、耐えた……」

「よし。まずは賭けに勝ったな。瓦礫をどかしてくれ」

「はい!」


 魔法で土塊や木片をどかし、スカーレット隊長は塹壕から這い出る。兵士達はまだ塹壕に潜めたままだ。アトミラール・ヒッパーは塹壕を端から端まで砲撃しているようである。


「輸送船が50と言ったところか。それに戦艦と、鉄の船が5隻くらいか」

「そのようですね……」

「ん? あいつは何だ?」

「あいつ?」


 スカーレット隊長はその船を見つけた。鉄製の輸送船に似ているが、前方に大きな切れ込みが入っており、何か様子が違う。


「見た事のない船だ……。絶対に何か企んでるな」

「しかし大砲も何も搭載していないようですし……」

「まあいい。奴はしっかり見張っておけ」

「砲撃が止まりました!」


 防衛線の全体に砲撃が加えられ、砲撃は一段落したようだ。


「被害は?」

「死者は極わずかです。退避壕はよく機能しています」

「敵の輸送船が接近!」

「私達を叩き潰したと思っているのか。それだったら馬鹿だな! 上陸には必ず生身を晒さざるを得ない。私の合図と共に一斉に射撃を開始せよ!」


 船から陸に上がるのに、どうやっても兵士が体を晒す時間がある筈だ。スカーレット隊長のその瞬間を突いてゲルマニア軍を壊滅させるつもりである。


 だが、どうも敵に上陸を仕掛けてくる気配がない。輸送船は陸地に接近して、止まってしまった。


「て、敵は何を考えているんでしょうか……」

「さあな。知らん」

「件の奇妙な輸送船です! 接近しています!」

「やはり、奴が上陸の秘密兵器か……」


 奇妙な改造を受けた輸送船。それがゲルマニア艦隊の前に出てきた。すると次の瞬間、その全面が魚の口のように開かれ、中から多数の小型船が次々と飛び出して来た。


 小型船は見るからに鉄製であり、装甲が施されているようだ。ほんの数分で20隻ほどのそれが射出された。


「な、何だあれはっ!」

「こちらに突っ込んで来ます!」

「まさか、あれで浜に乗り上げ上陸する気か! 総員撃ち方始め! あれを近付けるな!」


 スカーレット隊長はすぐにゲルマニア軍の意図を察して攻撃を開始した。ヴェステンラント兵は塹壕から魔導弩を出し、全力で射撃を開始する。


「だ、ダメです! 我々の弩ではあの装甲を貫けません!」

「クッ……やっぱりか。射撃は止めるな! 但し、狙いは兵士が降りてきたところだ!」


 小型船で砂浜に乗り上げたとて、兵士はそこから降りなくてはならない。そしてその時こそ、兵士が生身になる時だ。


 スカーレット隊長は牽制射撃を続けつつ、その機を伺う。


「そうだ……来い。この地に足を踏み入れた時がお前達の最期だ」

「だ、大丈夫なんでしょうか……」

「小型船が座礁しました!」


 ついに小型船の一隻が砂浜に乗り上げ、そこに固定された。


「来たか。そいつに狙いを定めろ! 降りて来た兵士は一人残らず射抜け!」

「「はっ!!」」


 乗り上げた小型船の船首が前に倒れ、そこから兵士が突撃してくる――筈であった。実際にそこから飛び出してきたのは兵士ではなかった。

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