鶴山城の戦いⅡ

「さあ、敵は寡兵! 大砲などただのこけおどし! 一気に攻め落としなさい!!」 「「おう!!」」


 ヴェステンラント軍の第一梯団は、鶴山城正門への攻撃を開始した。これだけでおよそ3万であり、大八洲軍の総兵力2万を軽く上回る。


「突撃! 一気に距離を詰めよ!」

「ドロシア様、大砲です!」

「気にするな! 進め!」

「ど、ドロシア様!?」


 ドロシアは軍旗を掲げ、部隊のほとんど最前線に立って兵士達を鼓舞する。大砲も鉄砲もものともせずに突撃する彼女の姿を見て、兵士達は奮い立つ。


 しかし、それも短期的な効果に留まった。遠くに砲弾が落ちるだけならまだしも、自分の目の前で爆弾が炸裂されては、それを意に介さず走り続けるのは無理があった。


「ど、ドロシア様……やはり、兵士は大砲に震え上がっているようです。彼らも人である以上、仕方がないとしか……」

「腑抜けめ……。今度は退きはしない! 奴らの息の根を止めるまで――っ」


 その瞬間、ドロシアの隣に立っていた兵士の胸を矢が貫き、彼は血を吐きながら倒れた。


「クソッ。混乱させてからの射撃か。いい根性してるじゃない」

「ど、ドロシア様!」

「防御を固めて前進! この程度で怯むな!」


 ドロシアは即座に土の壁を作り出し、周囲百名程度の兵士を射撃から守る。他の魔女達もそれに続き、部隊全体を守る壁が展開される――筈であった。


「ど、ドロシア様! 我が方の混乱は大きく、兵の統制が取れません!」

「はぁ? まったく使えない連中ね……」


 大砲と鉄砲の効果は、ドロシアが思っていたよりも大きかった。普段なら整然と隊列を整え防御を固める筈の部隊はまるで混乱し、まばらに壁が作られているだけであった。


「第一第二連隊は予備と交代! 他も交代させるわよ」

「はっ!」


 後詰ならまだまだある。ドロシアは事前に全軍を五千人程度の連隊を単位として再編しており、連隊ごとに次々と交代して前線に繰り出す戦術を取る。


 しかし、それでも状況が根本的に改善されることはなかった。


「やはり、兵士達があのような兵器に慣れていない以上、これ以上接近するのは困難かと……」

「やってくれるわね…………」


 結局のところ部隊を交代させたとて交代した部隊もまた雷鳴のような銃声に怯え、普段通りに戦うことは出来なかったのである。


「こうなったら持久戦よ。敵が疲れ果てるまで休むことなく攻撃を仕掛けるわ」

「はっ。そのように」


 力攻めは恐らく大きな犠牲を伴う。ここは敵地でありあまり損害を出したくないドロシアは、四六時中城門に攻撃を仕掛け続ける持久戦を選んだ。


 〇


 それから5日が経った。


「奴ら……全く反撃の手が緩まないわね」

「はい……。寧ろこちらの方が、疲れが溜まってきているかと……」


 オリヴィアは言う。全軍を交代させながら戦うということは、全軍に疲れが溜まるということだ。それに、絶え間ない爆音は、待機中の兵士達に休む暇を与えなかった。


 畢竟、持久戦に持ち込まれて疲れさせられているのは、ヴェステンラント軍の方なのである。


「……こうなったら、損害は顧みずに一気に落とすか」

「そ、それは、あまりよくないかと。まだ大八洲の端っこを制圧したに過ぎない訳ですし……」

「それもそうなのよね……」


 溜息をつくドロシア。この戦いは大八洲本土決戦のほんの初戦に過ぎない。こんなところで大損害を出していては、大八洲を制圧するどころか一定の領域を割譲させるのも不可能だ。


「い、いっそ、鶴山城を無視して進軍するというのはいかがでしょうか?」

「馬鹿言ってるんじゃないわよ。そんなことをしたら補給線を絶たれて餓死にするわ」

「ですから、半分くらいで鶴山城を包囲し、残りで進軍するというのは……」

「それは……ありかもね」


 あまりやったことのない戦略だが、全く否定されるべきでもない気がした。しかし、やはりこれもダメだ。


「いえ、連中を相手に2倍程度の兵力で包囲し続けられるとは思えない。そんなことをしたら各個撃破されるだけよ」

「そうですか……」

「残念だったわね」


 兵力を分散させれば普通に負ける。ドロシアはそう判断した。結局のところ、完全に打てる手がなくなってしまったのである。


「とにかく、攻撃は続行よ。敵に隙を見せるのは論外だからね」

「そうですね。向こうの砲弾や銃弾が尽きるかもしれませんし」

「そうね。ええ、その通り。時間は私達の味方よ」


 敵に有力な援軍は存在しない。つまりこれは援軍なき籠城戦だ。時間が経てば経つほど有利になるのはヴェステンラント軍なのである。まあ、5倍もの兵力差を持っていながらこの体たらくとは、嘆かわしいばかりであるが。


 そして、更に5日が経過した。


 〇


「いやはや、敵も大したことはありませんな、嶋津殿」

「そうやって敵を舐めてる奴から死んでいくもんだぜ、大友殿?」


 ほぼ無傷で五倍の敵を十日間足止めしている張本人、嶋津薩摩守昭弘はしかし、全く気を抜いていなかった。


「うむ……。しかし、敵は疲れ果て、とても力攻めが出来る状態ではありません」

「まあな。だが俺達は勝たねばならない。鶴山城から追い返すだけでは、勝負を先延ばしにするだけさ」


 昭弘にはこんなものでは満足出来ないのである。

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