作戦前夜

 ACU2313 4/2 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「――前線のヴェステンラント軍は、組織を大幅に改編させたようです。中央集権的な指揮系統が整備され、堅固な防衛体制が整えられているものかと」

「そ、そうか……本当に、本当にこれでいいのだな?」


 ヒンケル総統は不安そうにザイス=インクヴァルト大将に尋ねた。ヴェステンラント軍はダキア戦の教訓を踏まえて、戦車に対する有効な戦術、戦略を見出しつつある。せっかくゲルマニア軍には戦車を最大限に生かす機会があったのに、それをむざむざと逃してしまったという訳だ。


「はい。これこそが私の狙いです。ヴェステンラント軍が戦車に対する戦術を見出すこと、より具体的には、全軍を統率する司令部を設けることに期待していたのです」

「何故だ? 未だに意図が読めないんだが……」

「心配ありません。我が軍はこの好機を以て、このエウロパ大陸を侵す侵略者を一掃する作戦『春作戦』を遂行します」

「春作戦か。昨日までが春の目覚め作戦だったからか」

「はい。名付けはあまり得意ではないもので」


 全ての用意は整った。ザイス=インクヴァルト大将は今、ついにヴェステンラント軍を殲滅する大作戦である、春作戦を実行しようとしている。


「それで、それはどういう作戦なんだ?」

「はい。私がこう言うのもなんですが、我が軍とヴェステンラント軍の頭脳は伯仲し、ほとんど人間が可能な限界にまで達しております。知性によって明確な差を付けることはもう不可能なのです」

「そ、そうか……」


 両軍の最高司令官であるザイス=インクヴァルト大将と赤公オーギュスタン。その知性は既に人間の限界と言ってもいいところまで迫っており、そこに差を見出すことは出来ない。


「であれば、我々が何によって差を付け、何によって勝利を得ることが出来るのか。それはいかに大胆であれるか。どれほどの危険を甘んじ、どれほどの成果に貪欲であれるか、それが勝敗を分けるのです」

「大胆な人間が勝つ、という訳か。だから君も大胆な策を立てたと?」

「その通りです、総統閣下。私は恐らく、人類の歴史上最も大胆な作戦を立案しました。であるので、決して敵に露呈する訳にはいかず、ここまで徹底的に秘密を保持して準備を進めて参りました」

「では……そろそろ作戦を教えてくれるのか?」


 ヒンケル総統はそろそろ作戦を教えて欲しかった。


「はい。その一部をお教えしましょう」

「一部?」

「はい。まあ、一部という言葉の定義にもよりますが。さて、では作戦を説明しましょう。作戦を概説すれば、電撃戦によるヴェステンラント軍前線の徹底的な壊滅です」

「電撃戦?」

「これについては、シグルズから説明しましょう」

「はい、説明します」


 シグルズが持ち出した概念であるから、彼が説明するのが妥当である。


「電撃戦とはつまり、戦車を主力とした打撃力と機動力を持った部隊で敵の司令部を叩き、その指揮系統を壊滅させた後に、主力部隊で混乱した敵を壊滅させる戦法です。以前に僕がやった浸透戦術の、突撃歩兵を機甲旅団に置き換えたものと考えて頂ければ」

「なるほど……。つまりは、あれか。壊す為に造らせたという訳か」

「流石は閣下、ご慧眼です。その通り。ヴェステンラント軍の指揮系統は、壊す為に造らせたのです」

「まさかそんな策があるとはな。君がザイス=インクヴァルト大将に提案したのか?」

「まあ、少々は」


 第二次世界大戦でドイツ軍が発明し、後期には両軍が度々実行した電撃戦。それは敵の司令部を破壊してその指揮系統を混乱させる戦術であるから、敵に司令部がなければ成り立たない。


 だから敵に戦車の脅威を見せつけて、造らせたのだ、司令部を。司令部を造らせ、そこに命令系統を集中させ、それを叩く。電撃戦自体はシグルズの発案だが、司令部を造らせればいいなどという考えを思い付いたのはザイス=インクヴァルト大将である。


「さて、電撃戦とは彼の言うようなものです。そして我々の作戦は、この電撃戦を用いてヴェステンラント軍の塹壕線を突破し、一気にヴェステンラント軍を壊滅させるものです」

「ではどうして制海権を取ったりターリク海峡を封鎖したりしたんだ?」

「はい。それは、我々が進撃する横っ腹の安全を確保する為です。やはり海岸沿いからの進軍も一つの道ですから、制海権が敵に握られていると、敵に側面を突かれる可能性があります。それを阻止するのが目的です」

「それはそうか……。うむ、妥当な目的だな」


 大昔からの伝統的な侵攻計画(つまりはルシタニア侵攻計画)通り、塹壕を突破した後はルシタニア南北の海岸に沿って軍を進め、前線の敵を大きく包み込む。それがゲルマニア軍の大まかな作戦展開である。


「北海岸を進むA軍集団、中央で敵を押さえるB軍集団、そして王都ルテティアを落とす少数のC軍集団、全ての用意は整っております。今日より3日後、西部方面軍は春作戦を実行しようかと思いますが、ご裁可を頂けますか?」

「よかろう。ヴェステンラント軍を殲滅せよ」

「はっ。ご命令のままに」


 かくして、春作戦は開始された。

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