ラ・レジスタンス

 ACU2313 3/20 ルシタニア共和国 ノルマンディア


「目標が罠に入りました!」

「よし。やるぞ……」


 建物の陰に隠れた男達は、爆弾に繋がれた起爆装置を持って固唾を吞んでいた。ゲルマニアが残した置き土産で、この世界にしては最新技術なのだが、銅線の伸びるとこまでしか離れられず、遠くから爆破するなどということは出来ない。


 だが彼らは、自分の命を捨ててでも、ヴェステンラント軍の命を少しでも削ることに全てを注いでいた。


「今です!」

「死ね! ヴェステンラント人ども!」


 男は起爆装置を起動した。途端に巨大な爆発が起こり、ヴェステンラントの兵士が空を舞い、臓腑をぶちまけた。だが騒ぎを聞きつけて、直ちにヴェステンラントの魔導兵が彼らを探しに走り出した。


「奴らの物資は焼き尽くした! 逃げるぞ!」

「はいっ! この先に抜け道が――」

「そこまでだ、売国奴ども!」


 彼らの行く手を塞いだのは、同じルシタニア人だった。魔導兵ではない普通の兵士だが、銃も持っていない反乱者達にはそれと戦う力はなかった。


「お、お前達……祖国を裏切るのか。同胞である我々をその手にかけようと言うのか!」

「裏切ったのはお前達だ! 俺たちから搾取するだけの貴族共に加担するなど!」

「……ド・ゴールにそう吹き込まれたか。或いはフーシェか? 国王陛下から頂いた、我々が一生を掛けても返し切れないご恩を忘れて!」

「国王からは何一つ恩など受けてはいない! ……お前達は、ここで射殺する。それがド・ゴール大統領直々の命令だ」


 共和国に洗脳されているとは言え、同じ民族を殺すことには躊躇を示した兵士達。だが、その洗脳がそう簡単に解けることはなかった。


「最後に言い残すことは?」

「決まっている。国王陛下万歳! ルシタニア王国万歳!」

「「王国万歳!!」」

「あの世で王国でも作るがいい」


 銃声が響き渡った。そして彼らはただの犯罪者として処理される。


「しっかし、今回もやられましたね……」

「ああ。せっかくの弩砲が灰と化してしまったよ」


 ルシタニアで活発化する反政府破壊活動。共和国の破壊を目的とするその活動は、ルシタニア語で抵抗を意味するラ・レジスタンスと呼ばれていた。


 ○


 ACU2313 3/21 帝都ブルグンテン 総統官邸


「いやはや、国王陛下の求心力には驚かされるものがあります。陛下が臣民に呼び掛けてからと言うもの、ルシタニアでは共和国の打倒を目指す勢力が非常に活発になっていますよ」


 ヒンケル総統が敬語で話す数少ない相手。それが総統官邸を訪れているルシタニア国王である。


「そんなことはないだろう。ただ、ヴェステンラントとの正面戦争に使われていた力が、このような破壊活動に向けられているだけだ」

「ご謙遜を。陛下に人徳がなければ、誰も自分の命を懸けて共和国を倒そうとは思いませんよ」

「それはよく言われるが……そうなのだろうか。余には分からん」


 まあ、国王をわざわざこの会議室に呼んだのは、世間話をするのが目的ではない。ザイス=インクヴァルト大将には目論見があった。


「――陛下、私から一つ、お願い申し上げたいことがございます」

「ふむ。こうして亡命を受け入れてもらっているのだ。余に出来ることなら、何でも言ってくれ」

「ありがたきお言葉です。陛下には、ゲルマニアに亡命したルシタニア人の総司令官となって頂きたいのです」

「それはどういうことだ?」

「我が国にはド・ゴール大統領の圧政から逃れて来たルシタニア人が数多くおります。しかしながら、彼ら全員に衣食住を提供するような余裕は帝国にはありません。そこで、志願する者には帝国軍外人部隊として、軍に参加してもらうことになりました。陛下にはその旗印となって頂きたいのです。ああ、司令官という言い方は少々間違っていましたな」


 ゲルマニア軍外人部隊。亡命したルシタニア人で構成されたこの部隊の、言わば後援者となって欲しいと言うのがザイス=インクヴァルト大将の希望である。


「なるほど。余は一向に構わない。余の名前くらい、いくらでも使ってくれ。だが、一つ聞かせてくれ。その部隊は貴官にとって何の意味があるのだ? 兵力の足しにもならんだろう」


 亡命ルシタニア人の中の志願兵。その数は精々1個師団が出来るかどうか。戦力としてはほとんど足しにならない。


「流石は陛下。見抜かれておられましたか」

「少し考えれば誰でも分かることだ」

「では、あえて包み隠しは致しません。この部隊は、我が軍がルシタニア領内で活動しやすくする為の、名目上だけの存在です。戦力としては期待しておりません」


 ルシタニア人部隊が少しであれば、ルシタニアを解放すると言う大義名分にも説得力が増す。ゲルマニア人だけでルシタニアに大挙して踏み込むよりは幾分かマシだろう。


「分かった。だが、条件を一つ付けたい」

「何でしょうか?」

「ルシタニアに攻め込むというのなら、余も同行させてくれ。余がいた方が、より解放戦争という名目も付けやすくなるだろう」

「それは……余りにも危険だと思われますが、西部方面軍としては問題ありません。総統閣下、いかがですか?」

「陛下が望まれるのなら、私は何も言えんよ」

「とのことです。では、共にルシタニアを解放しに行くとしましょう」

「うむ。頼む」


 ヴェステンラント軍殲滅作戦に向け、全ての布石は整った。

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