攻勢の後

 ACU2313 3/17 ルシタニア共和国 首都ルテティア


 ルシタニア王国が事実上滅亡した後、赤の国と白の国の軍団は統一され、共和国首都ルテティアにその司令部が置かれた。エウロパ方面軍の最高司令官は依然として赤公オーギュスタンであるが、前線部隊の最高司令官は白公クロエである。


 クロエは旧王宮にノエルとシモンを呼び出して会議を開いていた。


「――クロエ様、状況はこのようになっております」


 マキナは戦況を纏めて報告した。


「はい。分かりました……ふむ……」


 議題は先日にゲルマニアが開始した大攻勢である。これまで沈黙を守り続けて来たゲルマニア軍が突如として進撃を開始、油断していたヴェステンラント軍は各所で戦線の突破を許していた。


「――これはつまり、敵軍の攻勢が停止しているということでいいんですか?」

「はい。そのようです。前線からの報告によれば、ですが」

「なるほど……」


 ゲルマニア軍は怒涛の攻撃を仕掛けて来た。だが2日ほどの攻勢を行うと、その攻撃はすっかり停止した。先程までの激烈な銃火がまるで嘘のように。


「全く意味が分かりませんね。我が軍の前線は乱れ切っていたというのに、戦果を拡大しようとしないとは……」

「燃料でも切れたんじゃないか、姉貴?」


 ノエルはそんな平凡な発想を示した。が、それは考えにくい。


「ノエル、こう何年の準備をしていて、その程度のことも計算していないとはとても考えられません」

「そうか?」

「そうだとも、ノエル。彼らの兵站は極めて優れたものだ。そんな馬鹿げた真似をする訳がない」


 陽公シモンもまたクロエと同じ意見だった。つまるところ、ゲルマニア軍には攻め込む余裕があるのに攻め込む気がないという訳だ。


「しかしよ、だったら何だって言うんだ? 奴らはどうして足を止めた?」

「うーん……私には思い付かないですね」

「考えられるとしたら、やはりゲルマニアの内部に何かがあったと考えるしかあるまい」

「何かって、何だ?」

「例えば、政治的な事情とかな。ゲルマニア内部で、戦争方針を巡って何らかの対立があったのかもしれない。奴らも一枚岩という訳ではないだろう」

「そういう事例はこれまで確認されていませんが、あり得なくはないですね」

「……分からん」


 ゲルマニア軍の不可解な行動に、彼らは精々その程度の理由を見出すことしか出来なかった。それも当然であろう。ザイス=インクヴァルト大将以外、ゲルマニア人ですらその理由を知らないのだから。


「ともかくだ、彼らが今にも動き出さないとも限らない。早急に対戦車戦への対策を練る必要があるだろう」

「その通りですね、シモン」

「対策つっても、奴らには弩砲くらいしか通じないぞ?」

「はい。ですので、弩砲を前線に可能な限り配備します」

「とは言え、先の海戦で我が軍の船が大量に沈められた。大量の弩砲も同じくな」

「うーむ……」


 弩砲はそもそも対戦車用に造られたものではない。全て艦砲として造られたものだ。当然ながら艦隊決戦となれば軍艦の方に置かれる訳で、それが沈められた今、魔導弩砲はたまたま地上にあったものしか残っていない。


「であれば……弩砲を分散して配置するのは得策とは思えませんから、弩砲を持った部隊を動かし回って、前線を突破した敵を叩くのがいいでしょう」


 要は機動防御のような発想だ。敵に対抗出来る戦力を後方に待機させておき、防衛線を突破した敵をこちらから打って出て叩く。上手くいけば少数の精鋭を有効に活用出来るが、采配をしくじれば全ての戦線が崩壊する危険な作戦である。


 しかしこれくらいしかヴェステンラント軍に取り得る作戦はない。同じ状況に置かれれば、どんな時代のどんな人間でも同じ結論に至るものだ。


「なるほど。確かによい戦略だ。とは言え、それを実行するのは今の体制では無理なのではないか」

「ええ。現状、我が軍は指揮系統をかなり分散させていますが、これを集中させる必要があるようです」


 機動防御を実行するには、全軍を高度に統率する必要がある。現状とは全く真逆の体制だ。


「では、そうするしかあるまい。クロエ、大丈夫そうか?」

「はい。まあ昔の体制に戻すだけですから、大した問題はないでしょう」

「分かった。ではそれを頼む。私は弩砲をかき集めておこう」

「はい。ありがとうございます」


 一度決めれば実行は速い。クロエとシモンは早速、新戦術の準備を始めた。


「で……私は結局何をすればいいんだ?」

「そうですね……まあノエルは、打撃部隊の指揮でも執ってもらいましょう。今は特にすることないです」

「そ、そうか。分かった」


 かくしてヴェステンラント軍は戦車への対抗策を用意し始めた。そしてザイス=インクヴァルト大将はそれを黙って観察するのだった。


「それと、問題はもう一つ。国内における反体制派の動きが活発になっています。それなりに問題ですね」

「ああ……それか。フーシェの野郎でも手を焼いてるらしい。奴らの勢力は相当大きいんだろうな」

「ルシタニアの治安が悪いのは問題だな。何とかしてもらいたいが」

「そこら辺はあいつに任せた方が賢明だと思うぞ」

「そうか……」


 反体制派をことごとく粛清してド・ゴール大統領政権を支えるフーシェ警察長官。彼でも抑えきれないほどに反体制運動は拡大しているらしい。



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