ヒルデグント司令官の初陣Ⅱ

「侵略者に対して慈悲は必要ありません。全軍、前進!」


 ヒルデグント大佐は指揮戦車の中から機甲旅団に命じた。狭い車内であるが、帝国軍の男共と比べれば小柄な彼女には全く問題なかった。


 装甲車隊は一先ず置いておき、60両ほどの戦車隊は前進し、ヴェステンラントの塹壕戦に迫る。


「大佐殿、敵の攻撃です! 車内にお入りください!」


 ハッチから身を乗り出すヒルデグント大佐に、兵士は身を隠すよう頼み込む。ヴェステンラント軍の矢は次々と飛来し、彼女の顔のすぐ横を掠めていた。


「いいえ。問題ありません。司令官が安全な城に閉じこもっているようでは、将兵は着いてきませんから」

「し、しかし……」

「それよりも、反撃します。全車、榴弾、撃ち方始め!」

「は、はっ!」


 塹壕に榴弾を叩き込む。精確な射撃で榴弾は続々と命中し、塹壕を突き崩した。しかし敵からの射撃が途絶えることはなかった。


「全車、砲撃を継続しつつ、停止して下さい。様子を見ます」

「……はっ」


 ヒルデグント大佐にしては慎重な作戦である。戦車と魔導兵は戦車砲と弩で激しい砲火を交わしたが、結局のところどちらにも殆ど損害は出なかった。


「ふむ……なるほど。敵は塹壕を直ちに修復する技術を身に付けているようですね」


 双眼鏡で敵の様子を眺めながら、彼女は呟いた。


「海の上で確認されていることが、地上でない訳がないのでは?」

「ええ、確かに。しかしこれは厄介ですね」


 ヴェステンラント海軍がアリーセで見せたような技術を彼ら陸軍も持っている。アトミラール・ヒッパーですらついに独力では打ち勝てなかったその技術、かなり厄介である。


「どうやら、榴弾砲では意味がないようですな……」

「ええ。そのようですね。全軍、撃ち方止め!」

「はっ」


 どうやら榴弾砲は塹壕を相手には効果が薄いらしい。もっと有効な場面で使うべきであると、ヒルデグント大佐は砲撃を停止させた。戦場は静寂に満たされる。


「どうされますか? ここはやはり、戦車を盾にして歩兵を投入する戦術で――」

「いいえ。それでは兵に犠牲が出ます。ので、全車、第二種種武装に切り替え!」

「あなたは……いえ、分かりました!」


 敵の命はゴミ以下としか思っていないのに友軍の命は至極大切に扱う、大佐の少々歪んだ発想の片鱗だ。戦車隊はヒルデグント大佐の命令通り、主砲を榴弾砲から『第二種』に変更した。


「大佐殿、本当にやるのですか? 相手は我々の敵ではありますが、これはあまりにも……」

「構いません。敵は一人残さず殲滅します。全軍、前進」

「……はっ」


 戦車隊は砲撃もせず、しかしヴェステンラント軍の攻撃はものともせず、塹壕のすぐ目の前まで前進した。そしてその主砲の仰角をギリギリまで下げ、塹壕の中に狙いを定める。


「撃ち方始め! 敵を焼き尽くして下さい!」

「はっ……!」


 親衛隊の十八番である火炎放射器。それは帝国軍に編入されても変わらない。狭い塹壕の中に洪水のような炎を叩き込む戦車隊。仮にヴェステンラントの魔導装甲が熱に耐えられたとしても、酸素がなくては窒息死するだけだ。


 ヴェステンラント軍には塹壕を頑丈に造っていたのが仇となった。彼らの大半は逃げ場もなく炎に呑み込まれ、炎の中で溺れ死んだ。


「おや、逃げ出した兵士がいますね」

「大佐殿、こっちに突っ込んで来ます!」


 運のよかった兵士は塹壕から脱出することに成功し、ある者は逃げ出し、ある者は死に物狂いで魔導剣片手に戦車に突撃してきた。戦車を撃破する唯一の方法である白兵戦に訴えるのは正しい判断だった。


 だが、ヒルデグント大佐はそこまでしっかり予見していた。


「歩兵隊、撃ち方始め。潜り込んだ鼠を殲滅してください」

「はっ!」


 後方に控えた歩兵隊は、戦車に刃を突き立てる魔導兵に容赦なく銃弾を浴びせた。たちまち健気な兵士達は撃ち殺され、その行動は何の成果も生み出さなかった。


「更に、逃げる敵兵も追撃して下さい。榴弾砲、撃ち方始め」

「……はっ!」


 塹壕は爆発の衝撃を大幅に吸収するから、榴弾砲はほとんど効かなかった。しかし平地を駆け回る兵士は榴弾に対して極めて脆弱であった。魔導装甲そのものは壊れていないものの、爆発の衝撃で肉体の方が損傷し、魔導兵はたちまち倒れ伏せた。


「全軍、前進。塹壕を制圧します」

「はっ!」


 死体で埋め尽くされた塹壕を戦車隊は乗り越えていく。それは戦いではなく、圧倒的な虐殺であった。


「これは……敵兵が」


 榴弾砲で吹き飛ばした敵はまだ死んではいない。呻き苦しみながら、ゆっくりと命をすり減らしている。


「大佐殿、どうされますか? 彼らは最早――」

「殲滅して下さい。我が総統に弓を引く者に、生きる価値はありません」

「そ、それはあまりにも……!」

「抗命は銃殺に値しますが?」

「……分かりました。敵兵は一人残さず殲滅します」


 ヒルデグント大佐は戦闘能力を失った敵であっても、助けるという発想はなかった。抉られた地面に横たわる兵士達は、歩兵部隊に次々と処刑されたのだった。

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