ヒルデグント司令官の初陣
ACU2313 3/12 帝都ブルグンテン 総統官邸
「総統閣下、ご報告いたします。我が大洋艦隊はブリタンニア海峡における艦隊決戦を制し、その制海権を奪取することに成功いたしました!」
シュトライヒャー提督はヒンケル総統の前でも無邪気に喜んでいるのを隠せなかった。
「素晴らしい。これで我々は陸でも海でも魔法を打ち倒す術を得たという訳だな」
「その通りです! これで我々は、ブリタンニアへの上陸も現実的となりました。戦略は大きく可能性を広げたのです!」
「そうだな。だが少々落ち着きたまえ、シュトライヒャー提督」
「あ、こ、これは失礼を」
シュトライヒャー提督は深呼吸をして感情を落ち着けた。
「えー、はい。現状、エウロパ方面で活動するヴェステンラント海軍は組織的な戦闘能力をほぼ喪失したと言えます。しかし、ヴェステンラント海軍の主力はどちらかというと大八州方面に配置されており、大八州の戦争能力がほぼ失われている今、それがこちらに派遣される可能性は大きいものです」
「なるほど。いずれは再び決戦を挑まねばならない、ということか」
「制海権を欲するならば、ではありますが」
いずれにせよ、永続的に制海権を得られる訳ではない。だからこそ、この好機を活かして迅速に作戦を遂行する必要がある。
「さて、君の要求は海軍が満たしてくれた訳だが、次は何をすればいいのだ?」
ヒンケル総統はザイス=インクヴァルト大将に尋ねた。誰も彼が画策している次の手を知らないのである。
「はい。次の仕事は我々西部方面軍のものです。そしてその仕事とは、ヴェステンラント軍に戦車の脅威を教育してやることです」
「ほ、ほう……。いまいち言いたいことを掴みかねるのだが」
「ではここで、西部戦線の戦況を振り返っておきましょう」
「ああ。頼む」
ザイス=インクヴァルト大将は長々と語り始めた。
「我々が最初に編み出した、敵の塹壕を突破する戦術、それはシグルズ君の提案した機関短銃を用いた浸透戦術でありました。これはつまり、敵の塹壕戦を少数精鋭の部隊で突破し、敵の後背に忍び込んで、その指揮系統を撹乱するというものでした」
「そうだったな。だが、失敗したのだろう?」
「はい。最初こそ成功しましたが、二度目は通用しませんでした。何故なら、敵が命令系統を抜本的に変更し、司令部というものをほぼ廃したからです。我々では到底考えられないやり方ですが、ヴェステンラント軍の戦い方とはよく馴染み、ほとんど戦力を低減させないで、浸透戦術を無力化したのです」
司令部がなく各部隊が勝手に動き回っている軍隊に、司令部を直接叩く戦術は通用しない。普通ならそんな軍隊は何ら工夫をせずとも簡単に打ち破れる訳だが、塹壕に籠ったヴェステンラント軍はそれすら必要とせず、簡単にゲルマニア軍を跳ねのけたのであった。
「つまり我が軍の根本的な問題は、何の統制も取れていない敵すら突破出来なかった、突破力のなさにあります」
「それで採用されたのが戦車だな」
「その通りです、閣下。戦車は本来は西部戦線の塹壕を突破する為のもの。東部戦線で随分と時間を取られてしまいましたが、ようやく本来の役割が回って来たのです」
「うむ。しかし、戦車の脅威を教育するとはどういうことなんだ? 寧ろ奇襲をしかけ、戦車を全力で投入した方がいいのでは?」
誰でも思うことだ。せっかく戦車を投入するのなら、奇襲効果を最大限に利用して、初めての戦闘に最大戦力を投入するべきだ。敵に戦車に対応する時間を与えるべきではないと。
「確かに、そう考えるのも自然でしょう。しかし、我々が求めるのは完璧な勝利です。完璧な勝利を求めるには、敵に一度戦車の威力を見せつけ、その対策をする時間を得る必要があるのです」
「ああ…………全く分からん」
「私も分からんぞ」「私もだ」
ローゼンベルク大将とフリック大将、それどころか誰にも理解されないザイス=インクヴァルト大将であった。
「そのご説明は……まあまた後程」
「そこまで秘密主義にするか?」
「はい。これもまた、敵に露見すると本当に有効な対策を打たれる可能性が大きいものですから」
「そうか……」
ヒンケル総統は流石に不満が溜まっていたが、ここで作戦を明かしたせいでここまでの布石が台無しになってしまうと力説され、大将の方針を許した。
「それでは、西部方面軍はこれより、全面攻勢を仕掛けます。まあ30キロ程度前進出来れば十分です。そしてついでに、ヒルデグント大佐の実力も見極めさせて頂きますよ」
「閣下の戦略が正しければ、我が娘が失敗することなどありません」
カルテンブルンナー全国指導者は娘を絶対的に信じていた。
○
ACU2313 3/16 神聖ゲルマニア帝国 アルル王国
「皆さん、参謀本部より命令が下りました。これより我が第89機甲旅団は、ヴェステンラント軍の塹壕に対して攻撃を開始します」
ヒルデグント司令官は大将からの命令を部隊に通達した。彼女の、そして帝国としても機甲旅団の初めての機甲旅団の戦闘である。
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